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ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム 



 お転婆で、ドジで、髪の色が派手なばっかりに、「人間に見つかるから」とのけ者にされてきた小さな妖精。
 もし、私が魔女だったら――ヴェラは、喜んで友達を連れてきたりしたのだろうか。

「ねぇ……ヴェラ。あなたがうちに来てから、もうどのぐらいになるか覚えてる?」
「うーんと……まだ時々雪が降る頃だったから、もうすぐ三月ぐらいになるのかなぁ」

 ぽつぽつと答える声を聞きながら、アナは出来あがった試作品を、清潔な紙でそっと包んだ。
 無くさないよう新しい缶の中に入れて、依頼者の名前のラベルをつけ、一旦棚のわかりやすいところへ。
 次に今まで作り上げた依頼品が並ぶ棚へと移動し、オリジナルの紅茶缶を懐かしむように手に取っていく。

「ヴェラ……もういい加減、帰ってみたらどう?」

 背中からポツリと溢されたアナの呟きに、ヴェラの全身にはっと緊張が走った。
 四枚の羽がぴんと張りつめ、玉虫色の瞳に、不安げな影が射す。

「わたし……ここに居たらダメなの? 役に立たないから?」
「そうじゃないわ。あなたの仲間だって、心配しているかもしれないでしょ」

 絶えず背を向けられたままの言葉は、いつもと同じ口調なのに、何だか突き放されたような感じがした。
 ヴェラは小さな手を握りしめ、くしゃくしゃに顔を歪める。
 どうしてと問わずとも、アナの言いたいことなど、わかっているのだ。
 ヴェラが邪魔だから追いだしたいわけじゃない。ヴェラが、本来の、妖精の仲間たちと共に生きること、それが一番の幸せだと願っての言葉。
 わかっているのに、応えたくない。

「だって、だってわたし……こんなだし。他の子たちは薄い水色や金色なのに、どうしてわたしだけこうなんだろ? 目立って仕方ないのに」

 ヴェラは派手な髪をぐいっと引っ張り、アナに見せつけようとした。
 しかし、アナはずっと背を向けたまま。手を休める気配もなく、ヴェラの言い訳など聞こうともしない。
 アナが魔女ならなんて……言わなきゃよかった。
 人間だって、魔女じゃなくたって、アナ・カメリアは妖精と出会っても見せものにしない、優しい心を持つ人なのに。
 後悔が込み上げ、ヴェラの視界がじわりとぼやける。
 その時、アナがくるりと踵を返し、何かを持って戻ってきた。
 ヴェラは急いで涙を拭い、髪を梳きながら顔を上げる。
 すると、鼻の頭を赤くしたヴェラの目の前に、コンとガラスのポットが降ってきた。
 それはアナがお茶のテイスティングをする時に使うもので、透明のマグカップのような円筒型の容器に、ささやかな注ぎ口が上のほうについているだけのもの。
 先ほど出来あがったお茶を試飲するのだろう。邪魔をしないよう立ち上がると、アナは黙ってヴェラを引き止めた。
 行く道を塞がれ、ヴェラは不思議そうにアナを見上げる。
 アナが手に持っているものは、今まで見たものよりずっと小さな、手のひらほどの紅茶缶だった。
 アナが缶を開け、香りを確かめる。そしてほんの少ししか入っていない茶葉を、スプーンを使わずにポットにさらさらと落とした。
 捻りを加えた小ぶりのお茶で、くしゃくしゃに丸まった茶葉の中に、色づいたいくつかの花も混ざっている。
 それは、先ほどアナが作り上げた新作ではなく、今までヴェラに飲ませてくれたお茶とも、違った香りを持っていた。
 この香り――……

「アナ?」

 ヴェラが戸惑って声をあげる。しかしアナは答えることなく、コンロから湯気のあがるやかんを取り、熱いお湯をポットの中に注ぎ入れた。
 その瞬間、ヴェラの瞳が再び七色に輝いた。
 温かなお湯の声援を受け、水を含んだ茶葉がはじけるように舞い上がる。
 金色に輝く世界の中を、色とりどりの花びらが、円を描きながら回っていた。
 小さな鼻孔に込み上げるのは、甘く、華やかな花の香り。
 二人が出会った、あのバラ園の――ルビー・ピンクの、バラの香りだ。

「アナぁ……?」

 ぽかんと開いたヴェラの口から、小さく擦れた声が漏れる。
 二度目の呼びかけに、アナはようやく口を開いた。

「本当はね、もう少し後になってから……と思ってたんだけど」

 そう言って、アナはヴェラにあの小さな缶を差し出した。
 製品のように、しっかりとしたラベルはない。それでも、見慣れたアナの字で、“ヴェラへ”と一筆書いた付箋が張り付けられていた。
 誰かの大切な人を幸せにするためだけに作られる、アナ・カメリアの紅茶。
 言える言葉は、ただひとつだった。


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