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ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム 



「お手紙、なんだって?」
「“娘のように可愛がっている女の子の誕生日に、彼女をイメージした紅茶を贈りたい”んですって。うーん……こういうのは、直接その子を連れてきてくれたほうがいいんだけどねぇ」
「だってそれじゃあ、サプライズプレゼントにならないもん」

 もむもむとブルーベリーを噛みながら、ヴェラが指摘する。
 そりゃそうか。アナはふうっとため息をつき、疲れた体を伸ばした。

「誕生日……か。もう、しばらく祝ってもらってないなぁ」
「アナは早く恋人を作ったらいいんだわ。お茶やお花にばかりかまけてないで、自分の未来にもせいを出すべきよ」
「毎日服を汚してばかりで、ほぼ肌着で過ごしてる誰かさんに言われても、説得力がねぇ」

 ヴェラの額をうりうりと小突くと、ヴェラはほっぺたを膨らませて抗議した。

「あ、ねぇっ! じゃあ、こないだバラを買ってった男の人は? 小柄で、目元にほくろがある。アナに「ぜひドレスを一着プレゼントさせてください」なんて言うもんだから、プロポーズかと思ってドキドキしちゃった!」
「あー……あの人はねぇ、それが口癖みたいなものなのよ。いつも買い物ついでに宣伝していくの。なんでも幼馴染に腕のいいデザイナーがいて、一着プレゼントするから気に入ったら次も買ってくれって。ものは上等だけどそれなりに値も張るし、庶民にはとても手が出ないんだけどね」

 ため息をつくアナに、ヴェラは「なぁーんだ」と腰を落ち着かせた。
 しかしすぐにはっと顔をあげ、色粉をまいて飛びあがる。

「アナ! そのドレスって、お人形の服だったら安く買えるかな!?」
「ようするに、あなたのドレス? うーん……そうねぇ。頼んでみてもいいけど、まさかブルーベリーの粒で買えるものじゃないわよ?」
「う、わ、わかってるよ!」
「ふふ、わかったわ。じゃあ、ヴェラ。今度から、お給料は私たちと同じくお金で払いましょ。それで服が買えるほど貯まったら、彼に注文を入れてあげる。だけど、今度こそ“失敗せずに仕事ができたら”の話よ」
「ほっ……ほんと!? わたし、白いドレスが欲しいの! ここにリボンがついて、こういうレースがいっぱいついてるやつ!」
「そうね。それを着たら、きっとヴェラも今よりずっとお姉さんに見えるわ」
「うん!」

 嬉しそうにコックリうなずくなり、ヴェラは手を拭って作業台の端まで走っていった。
 そして中断していた仕事の続きをしようと、意気揚々と両手いっぱいにバラの花を抱えて戻ってくる。
 バラはアナが趣味でやっている小さなバラ園のもので、乾燥させてお茶に使える品種だ。
 ヴェラはその場にあぐらをかいて、早速花びらをむって並べる作業を再開する。

「あらあら、精が出ますこと」
「うん!」

 ヴェラがもくもくと仕事をこなす中、アナもまた自分の仕事に取りかかろうと、腕まくりをして立ち上がった。
 残ったお茶をぐいっと飲み干し、水盤で手を洗って、厨房の中央に位置する大きなテーブルへと移動する。
 そこには、すでに数種類の茶葉と乾燥させた果実や花びら、香料の入った瓶などが置かれていたが、アナは壁の一角を陣取る巨大な棚まで足をのばし、思いつくままに茶葉の缶や材料の入った袋をかき集めていった。
 テーブルの輪郭に沿うようにそれらの材料を並べ、じっくりと向かい合う。

「そうね――……あの伯爵さまが“娘のように”可愛がっている女の子だもの。ちょっと変わっている子に違いないわ」

 そう呟くなり、アナはテーブルに置かれた茶葉の缶をひとつ取り、蓋を開けて香りを確かめた。
 イメージと合うと思えばひと匙すくって紙の上に置き、さらに足りないものを求めて次の缶を開ける。
 味の濃いもの、薄いもの。細かい茶葉に、荒い茶葉。
 イメージするものはただひとつ。“誰かの大切な人を、幸せな気分にさせるお茶。”

 主となる茶葉は、少しだけくせのある、それでいて後味はまろやかな他園の紅茶を使うことにした。
 素朴なイメージを出すために、華やかな香料はあえて使わない。
 ただし、若々しさや、それに伴う可愛らしさ。“娘”というイメージに合う生き生きとした雰囲気を足すものを、絶妙なバランスでブレンドしていく。
 見た目の愛らしさを演出するために、さわやかに舞う黄色の花びらを少々。茶葉本来の香りを邪魔しない程度に、果実の皮をほんの少し入れる。
 試作品をひと匙すくって、取っ手のないガラスのカップに入れてお湯を注ぎ、色を見た。
 明るいオレンジ色が弾けんばかりの太陽を思わせ、アナの思い通りのさわやかな香りが湯気と共に立つ。
 その後微調整を繰り返し、ついに残すは試飲のみかというところで、今まで止まることなく動いていたアナの手が、ふっと動きを止めた。
 テーブルの端に、いつの間にか鮮やかなルビー・ピンクの影が増えていたからだ。

「どうしたの? ヴェラ」

 ヴェラはテーブルの端にちょこんと座り、出来あがったばかりの紅茶を見つめていた。
 玉虫色の瞳が、春の光を受け、きらきらと七色に瞬く。

「あのね……わたし、アナには人の心を読む力があるんじゃないかなって思うの」
「何かと思えば……」
「だってね! アナのお仕事見てると、まるで魔法使いみたいなんだもん! 会ったことも見たこともない人のために、いつもぴったりのお茶を作るのよ! アナが本当に魔女だったら……よかったのに……」

 興奮に弾ませていた声は、後半になるにつれて、急にしおしおとしぼんでいった。
 うな垂れたヴェラの姿に、アナはふと、二人が出会った時のことを思い出す。
 初めてヴェラに出会った時、アナはバラの中に、おかしな形の花があると思ったのだ。
 擬態する虫かと思ってむんずと拾い上げれば、なんとそれは妖精の女の子。
 双方、これは夢かと頬をつねった後、同時にギャーッと悲鳴をあげたことを覚えている。


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