ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム ∵
「アナ! 今日のは?」
「タルト。今朝庭でとれたブルーベリーのね。さ、仕上げは手伝ってくれるんでしょ」
「うん!」
嬉しそうにうなずくヴェラのほっぺたが、鮮やかな髪色にも負けないピンク色に染まる。
この笑顔に弱いのだ。本来、「役に立つ仕事ができたらご褒美をあげる」としていたこの報酬も、今では毎日欠かさず、喜ぶ顔が見たいがための習慣となってしまっている。
本人にはとても面と向かって言えないが。アナは今日もまたこの時間を迎えられたことに密かに微笑み、予め作っておいたカスタードクリームをもう一度混ぜはじめた。
その間、ヴェラはブルーベリーの入った器をえっちらおっちらと運び、再びバスルーム付近まで戻ってミントの葉を何枚かちぎってくる。
その頃には、カスタードクリームが搾り袋からタルトの上に流れ始め、ヴェラは辺りに漂うバニラの香りにきらきらと目を輝かせた。
うずを描いていたカスタードクリームが止まったところで、ヴェラが待ってましたとばかりにブルーベリーの粒を持って突進していく。
ヴェラが闘牛のような勢いでブルーベリーを並べている間に、アナはお茶の準備にとりかかった。
温めておいたポットに茶葉を入れ、しゅんしゅんと蒸気を吹くやかんから勢いよくお湯を注ぐ。
今日のお茶にはディンブラを選んだ。すっきりとした味わいがカスタードとよく合い、バラに似た香りが特徴のアナのお気に入りの紅茶だ。
ふんわりと漂う香りをコゼーで閉じ込め、トレーに乗せてヴェラの待つ窓辺へ運んでいく。
木製のトレーの上にのっているのは、アナ愛用のティーカップと、ポットと茶漉し、そしてミルクの入っていない小ぶりのピッチャー。
ヴェラが一度ティーカップで溺れかけたことがあるため、今はこの小ぶりのピッチャーがヴェラ専用のマグカップだった。
ヴェラが最後のブルーベリーを詰め終わり、くるりと宙返りをして両手を振った。
「アナ、できた! できたよ!」
「はいはい。この集中力が、いつもの仕事で発揮されるといいんだけどねぇ」
くくっと笑いながら、最後の仕上げに取りかかる。
やかんの隣で溶かしておいたナパージュを取り、筆で軽くかき混ぜて、ブルーベリーの上からそっと塗った。
とろりとした透明の液体によって、タルトに魅力的なつやが出る。それを見ていたヴェラが、うぇっと口を押さえた。
「なんか、それ見てると、さっきグレイスの口の中にいたの思い出しちゃう」
「そう? なら、食べなくてもいいんだけど」
「たっ、たべる! たべるよたべるもん!」
出来あがったタルトに、ヴェラがミントの葉をまぶしかけ、これでアナ・カメリア特製の自家製タルトが完成。
ヴェラは裁縫箱から愛用のピンクッションを出してきて、まち針を背もたれに腰かけた。
アナがタルトを切り分け、自分用の皿にひと切れ置く。そしてタルトの先端にナイフを入れ、ブルーベリーが三つ乗ったかけらをヴェラの分にと差し出した。
残ったミントの葉を膝の上に広げて、その上にタルトを置いてもらう。甘い香りがふわっと鼻に届き、ヴェラは嬉しさのあまりうずうずと体を揺らした。
「アナ、食べてもいい?」
「どうぞ」
返事も待たずに、ヴェラはかぶりついていた。
サクサクのタルト生地と、香ばしいバターの香り。ブルーベリーのさわやかな酸味が口の中いっぱいに広がり、カスタードのバニラの香りがほどよくあとをひく。
ヴェラの羽がぶるぶるっと震えて、ふんわりと広がり、落ち着いていく。喜びの表現を見届けて、アナも自分の分をひと口食べた。
もくもくとヴェラがタルトを平らげると、アナがまたタルトを切り分け、おかわりを膝に乗せてやる。
アナは蒸れたお茶を少量カップに注ぎ、もの凄いスピードで口に運んでいくヴェラを、カップを揺らしながら眺めた。
ヴェラがうっと喉を詰まらせたところで、程よく冷めたお茶をヴェラのカップに注ぎ、差し出す。
お茶をぷはっと飲み干し、ヴェラは幸せそうに笑った。
「アナ、おいしい!」
「うん、そうね。でも、もうちょっと落ち着いて食べたほうがいいかも」
そう言って、アナは自分の分のお茶を注ぎ、エプロンのポケットから先ほど届いた手紙を取りだした。
封を切り、仄かな香の香る便せんを取りだす。幸い上等の紙で作られた封筒は分厚く、ピンク色の染みは中まで達していなかった。
大きなブルーベリーの粒をかじりながら、ヴェラが手紙を読むアナを見上げる。
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