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ジョルジ少年と伯父と来客の話 


ジョルジ少年伯父の話

 その日、乾ききった国土に、恵みの雨が降り続いた。
 たくさんの雨つぶの坊やたちが、久々の活躍に歓喜し、雨どいを滑って小気味良いステップを奏でる。
 屋敷の主人はテラスへ肘掛椅子を持ってこさせ、久々の小さな来客と指先で戯れていた。
 すらりと長い指の上で、雨つぶ坊やはキャッキャと声をあげて体を踊らせる。
 屋敷の主人は坊や驚かせないよう、時々小声で声をかけては、指先を動かして遊ばせてやるのだった。
 太陽の輝く清々しい青空から、まだ生まれたばかりの雨つぶ坊やたちがきらきら輝いて落ちてくる。
 やがて屋敷の主人が指を差し出すと、遊び疲れた坊やは、空からやってきた兄弟たちとひとつになり、戯れながら大地に舞い降りていった。
 主人はしばらく芝生の上を駆け回る坊やたちを眺めていたが、やがて腰をあげると、屋敷のほうへ振り返った。
 自分と同じ目をした少年が、テラスの影から大人びた顔つきでじっとこちらを見つめている。
 少年は伯爵が自分に気がついていたことに気づくと、慌てて生意気そうな表情を作った。

「おじ様、お客様がいらしたようですが」

 叔父を真似たゆったりとした手つきで、少年がテラスの扉を開ける。
 伯爵は頷くと、長い腕を伸ばして座り疲れた体をほぐした。

「あぁ、ようやく来たようだね。入ってもらっておくれ、ジョルジ」

 甥っ子が、はい、と返事するまでもなく、来客はそばにやってきていた。
 傘も持たなかったというのに、男は不思議とこの恵みの雨に当たらなかったようだった。黒ずくめのマントの下から、包帯の巻かれた手をすっと伸ばし、頭上のシルクハットを取る。
 伯爵に軽く会釈をすると、来客は案内を終えたジョルジに向かってにこりとした。
 青白い顔の男は、人の良さそうな微笑みを向けたが、裂けた口元を縫ったあとに気づいて、ジョルジは挨拶を返さなかった。
 やがて召し使いがやってきて、そそくさとお茶の用意をすませて部屋を後にする。
 伯爵が自らティーポットからお茶を注ぎ、男にすすめる。男は丈の長いマントを脱いで背もたれにかけると、柔らかそうな椅子に腰を下ろした。

「ずいぶん待っていたよ、ロスト。何年ぶりだろうか」
「さて、この世界では何年になるのでしょうな。私には、つい二、三日前に、あなたとこうして話した覚えがあるのだが」

 そう言って、二人は意味深な笑みを交わした。その様子を、ジョルジはひっそりと屋敷の中から覗き見て、二人の体格がとても似ていることに気がついた。
 客の男の赤い目が、ちらりと自分のほうへ向いた気がして、ジョルジは急いで家具に身をひそめる。
 男は庭へ視線を戻すと、唇を動かさずに囁いた。

「少なくとも、彼はまだここには居なかった」
「あぁ、今年で八つになる。私の甥っ子だよ」

 伯爵はくすっと笑い、ジョルジにおいでと指示をした。
 ジョルジは気づかれていたことを恥じる間もなく、慌てて家具から飛び出し、シャツとスーツを撫でつける。

「私の古い友人だよ。挨拶をしておくれ」

 伯爵が男のほうへすっと手を動かすと、まるでそれにつられるように、ジョルジの足が進んだ。
 二、三歩近づいたところで、男が振り返り、ジョルジは足を止める。
 妙な緊張感に縛られながら、ジョルジはなんとか口裂け男をまっすぐに見ようと、気を引き締める咳ばらいをした。

「あ……僕は」
「初めまして、ジョルジ・グレイ。私は帽子屋、ロストと申します。以後お見知りおきを」

 しかしジョルジが名乗る前に、男はシルクハットを持ち上げて、自分の紹介を終えた。
 ジョルジはぽかんと男の色の違う両の眼を見つめていたが、自分の名前は伯爵が教えたのだろうと思い、軽く頭を下げて挨拶を返す。
 自分がこの空間にいられるのはこれまでだ、とジョルジは唐突に悟った。ジョルジは自分を見つめる叔父と帽子屋の視線に応えると、もう一度頭を下げ、静かに部屋を出ていった。
 晴れた空から、雨は降り続く。男が庭のほうへ体を回すと、伯爵も腰を落ち着かせた。

「産まれたようですね、こちらにも」

 太陽の光を受け、宝石のようにきらめく庭の雨つぶたち。それを眺めながら、男は呟いた。
 伯爵は頷き、屋敷の空を見上げる。

「あぁ、彼は恵みの雨を連れてきてくれた。民はみな歓喜に沸いている。きっといい柱になるだろう」
「良い名をいただいたのでしょうな、彼は」
「もちろん。凛としてさわやかな、とてもいい名前を」

 伯爵はそう言って微笑み、ティーカップを持ち上げた。
 秋の夕暮のような味のある茶の色が、太陽をあびて黄金に揺らめく。
 帽子屋もカップを持ち上げると、香りのいいお茶をひと口含んだ。

「ところで、その様子だと、他の二人の産声は聞いてきたようだね」
「えぇ、おそらくほんの少しの差で、あちらのほうが先に産声をあげていたでしょう」
「彼らはどのような名を?」
「役職上、それは言えませんが」

 伯爵の問いに、男はおどけた調子で答えた。
 伯爵は心なしか残念そうに眉を下げたが、予想通りの反応だ、と背もたれに体を預ける。

「ところで、君は聞きたくてうずうずしているのだろう。こちらの彼の様子が、いかがなものか」
「よくわかっていらっしゃる」

 今度は帽子屋の男が、色の違う両の目を輝かせた。心なしか、しなやかな肢体が期待に膨らむ。
 伯爵は深くひじ掛けにもたれ、深いため息をついた。

「君の望みどおりの子供だろう。期待通り、何の外れもない」
「そして、やがて貴方のもとへやってくる」
「そういうことになるだろうね。しかし」

 興奮に声を弾ませた男に、伯爵はやわらかく微笑んだ。

「私は、彼を渡すつもりはない」

 春の日だまりを思わせる笑顔。しかし、ディープブルーの目は笑っていない。
 きっぱりと突き放すような言葉に、帽子屋は一瞬喜びを消したが、すぐにふっと口元を緩ませた。

「貴方はそう言うだろうと思っていました」
「素晴らしい。君は予知能力を持っているのかね?」
「何を仰います」

 帽子屋はお気に入りのシルクハットをちょいと整えると、椅子から立ち上がり、背もたれからコートを取った。

「もう行ってしまうのかい。君はいつもつれないなぁ。お茶の一杯もつき合えないとは」
「申し訳ないが、貴方からはどうも得られそうにないのでね。仕事の件でなければ、もう少し長居もできたでしょうが」

 帽子屋は長いコートを羽織ると、もう一度シルクハットを持ち上げて礼をした。
 去り行く友人に、伯爵は嘲笑とも苦笑とも取れる曖昧な笑みを向ける。

「どこに行こうと、結果は同じだろうと思うんだがね」
「えぇ、まだ今は、ですよ。彼らが自らの意思を持ち、輝きを増す頃が楽しみだ」
「どうせ、君にとっては二、三日後なんだろう?」
「いえ、百万年後かもしれませんよ」

 帽子屋はそう言って縫われた口元を上げると、瞬きの間に姿を消してしまっていた。
 伯爵は男の居た場所から庭へ体を戻し、かくれんぼの下手な甥っ子に声をかける。

「ジョルジ、こちらへおいで」

 その声にぎくりとしたのは、薄く開いた扉の向こう。
 立ち聞きしていたのがばれ、少年は恐る恐る扉のすき間から部屋に滑り込んだ。

 よく見ていなかったが、どうやら客人は帰ったらしい。
 それを確認した途端、沸き上がるように疑問質問が口をつつき、つかつかと歩きながら乾いた唇から溢れ出した。

「おじ様、彼の顔を見ましたか? まるで口が裂けていたみたいな」
「あぁ、そうだね。昔からあのようだったよ」
「でもおじ様、彼とあの子に何の関係があるのですか? まさかさらっていこうというのでは?」
「それはあながち外れじゃないね」
「おじ様!」

 産まれたての希望の子が誘拐されるかもしれない。そんな大問題をさも可笑しそうに笑った叔父に、ジョルジは憤慨した。
 伯爵は根の真面目な甥を優しい目で見つめ、小さな頭にぽんと手を置く。

「大丈夫。それを決めるのは、もっとずっと先の話さ」
「ずっと先って、どのくらい?」
「さぁ。ほんの二、三日後かもしれないし、百年も後になるかもしれないね」

 伯爵は曖昧な答えを残して、屋敷の中へ戻っていった。
 ジョルジは不満げに唇を尖らせ、テーブルの上に残されたお茶を見つめる。
 その時、うっすらと黄金に揺れる紅茶の表面に、すっと七色の線が走った。
 ディープブルーの瞳が空を見上げる。
 希望に満ちた雨上がりの空には、きれいな虹がかかっていた。





あとがき

ヤマもオチも意味もない即興SS。
鼻持ちならないホクロ野郎がまだ少年だったころの話。
どうせロストはこうやって各世界をウロウロしているんだと思ってる。
きっとACの世界もまだウロウロしてるんだと思う。
宝物を探し求めてウロウロするのが帽子屋の役目だから。

ダージリンはジョルジを気に入らない奴だと思っているけれど、嫌いなわけじゃない。
ジョルジは昔の自分に似てるダージリンを弟みたいに可愛く思っていると思う。
彼も変わったおじ様の冗談に噛みついた頃があったろう。
そんなことが表したかっただけ(゜ω゜)

インスピレーションは「秋色の冬」のイメージソングと言い張っている、高田梢枝さんの「秘密基地」歌い出しより。

***霞ひのゆ


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