ちょこさん(@cake253 )宅の四季さんお借りしています! ※バトル・微グロ表現注意 。。。。。。。。。。。 【はじまりの雨】 いくらなんでもおかしい。どれだけ食べてもお腹が空く。 真夜中に冷蔵庫を空にしてようやく、自分の異常さにさっと青ざめた。 誰かに助けを求めなくちゃ。とっさに思ったものの、今日という日に限って乳母の姿が見当たらない。 どうしよう、どうしたら。買い置いておいた駄菓子を貪りながら、混乱する頭を抱え外に出る。 無人の町はやけに冷たかった。まだ吐く息が白くなるほどの季節ではないのに、体が急激に熱を失っていくかのように、凍えて仕方がない。 自分はもしかしたら、このまま飢え死にしてしまうのではないか。冷たい暗闇に独り残されるような、寂しさにも似た空腹に怯えながら彷徨っていると、ふといつかの温かな食卓が頭に蘇った。 四季さんーーまるで兄のように慕う、古書店の若い店主は、毎度押しかけてくる東風を、仕方ないと言いつついつも温かく迎えてくれた。 もう持ってきた食料は食べ尽くしてしまった。仕方なく自分の指を齧りながら、やっとの思いで古書店にたどり着く。きっと“もう一つの仕事”があったのだろう。よく見知った店には、幸運にもまだ明かりがついていた。 カーテンの閉められたガラス戸を叩くと、カーテンの向こうから整った顔立ちの青年が顔を覗かせた。 彼はガラス戸に縋り付く東風に気付くと、すぐにさっと錠を外し、倒れ込む体を受け止めてくれた。 「東風くん。こんな時間に一体、どうしたんですか。入って下さい」 「四季さん、僕……僕……」 お腹が空いて仕方がないんだ。何か食べさせて。そう言いたいのに、口の端から溢れる唾液を拭うのに忙しくて、言葉が出てこなかった。 何より、彼の姿を見た途端、突きあがってきた激しい衝動を押し殺すのに必死だった。 どうして、どうしてこんなこと思うんだ。こんな風に思っちゃだめだ、だめなのに。 お菓子より、何より、四季さんが一番、美味しそうなんて……ーー 「っ、くっ!」 微かな呻き声を聞いた後、尻もちをつく感覚ではっと目が覚めた。 青ざめた顔でこちらを見る彼の利き腕は、無残にも切り裂かれ、布の間からは血が滲んでいた。 何が起こったかわからぬまま、無意識のうちに前歯を伝う鮮血を舐める。 その途端、口の中に甘く馨しい香りが広がり、まるで霧が晴れるように目の前が明るくなった。ごくんと飲み込むと、久々に「ものを食べた」という感覚を覚え、喜びに体が打ち震える。 あぁ、だめだ。もうだめだ。我慢なんかしていられるもんか。 「四季さん、どうしよう……僕、お腹が空いて仕方がないんです。何を食べても味がしなくって……でも、ふふ、そっかぁ。やっぱり、ここに来てよかったんだ……」 「東風君、何を言っているんですか……? いや……違う。君は……誰?」 彼が何か言っていることはわかるものの、目の前にいる青髪の青年が、もはや東風には食料にしか見えなかった。 彼の血をほんの少し舐めただけで、こんなにも腹の底から燃えるような力が湧いてくる。 もっとあれを食べたら。もっと取り込んだら。きっとこのどうしようもなく寂しい腹も、満足してくれるに違いない。 * 完全に常軌を逸した少年を前に、四季はごくりと息を呑んだ。 彼に何があったのか、話を聞かねば事情はわからない。しかし彼の様子を見るに、何かあやかしの類が絡んでいることは確かだった。 古書店を営みながら、彼は時としてあやかしを祓う祓い人としても依頼を受けることがあった。幼少の頃、世話をしてくれた祖母から受け継いだ刀で、人に害をなしたあやかしを斬り祓うのである。 その刀【時風】は、今は店の奥のカウンターの向こうにある。 あれを使って、私は彼を斬るというのか? 普段、祓うものに情は無用と振る舞う自分が、ひどく動揺していることに自分でも驚いた。 しかしここで自分が躊躇えば、彼は他に被害をもたらすかもしれない。 ちらと背後に視線を走らせ、四季は覚悟を決めた。もしも少年があやかしに操られているのなら、その糸を断ち切るか、あるいは少年ごと斬ってしまうか、どちらかの手段を取らねばなるまい。 だっと背を向けて駆け出すと、ガラス戸に激しくぶつかり、それでも追って来る気配がした。 「待って!」という言葉と共に伸ばされた手を避け、咄嗟に本棚を引き倒して道を封じる。 けたたましい音をたてて粉塵が店内に立ち込め、着物の袖で鼻と口を塞ぎながら、もう片方の手でしっかりと 【時風】を掴んだ。 動きを感じ、振り返りざまに鞘を薙ぐと、本棚を踏み越えた少年が飛びかかってきた。 咄嗟に突き出した刀に少年は噛みつき、ぎりぎりと鞘を食い縛る。その額から、確かに二本の角が突き出ていることを確認した。 鬼か。四季の脳裏に、最後に彼と食事をした時のことが蘇る。何でも美味しいと喜んで食べる彼が、あの時はろくに手もつけようとせず、何かおかしいとは思ったのだ。 額の角、強い空腹、人肉嗜食欲、そしてこの怪力。どうやら彼は操られているわけではなく、鬼そのものになりかけている。 鬼というものはそう簡単になりえるものではない。人が鬼と化す時は、己のうちの激しい恨みや憎しみが肥大し、受け止めきれず具現化するものとも言われている。しかし自分の知っている彼は、そのような子ではないはずだ。 時に命知らずな無茶をすることはあっても、いつも天真爛漫に笑っている子だった。彼に一体何があったのだ。何度心の中で問いかけてみても、正気を失った少年の瞳は答えをくれない。 今はとにかく、彼を鎮め、何とか動きを封じるしかない。しかし転生したての鬼は、とても力が強い。傷をつけまいと手を抜いて勝てる相手ではない。 牙を受け止めた鞘を押し返し、体が離れたすきに彼を全力で蹴り飛ばした。 ガラス戸を派手に巻き込んで少年は外へ放り出され、飛び散った破片と共に地面を転がる。 それを追って店の外に駆け出し、ゆっくりと起き上がる彼を見据えながら、抜刀の構えを取った。 すぐにでも襲ってくるだろうと思った。しかし少年はガラスで傷ついた両手を見つめ、わなわなと震えていた。 「四季さん……僕、夢を見てるんですよね? 僕……僕、どうなっちゃうんですか?」 顔を上げた少年の目から涙が溢れ落ちた。恐怖に歪む目元から、ふっと禍々しい邪気が消えていく。 自分の血を見て、怖くなったのだろう。四季は深く息をつき、柄から手を離した。 「東風君、理由はわかりませんが、恐らく君は鬼になりかけています。原因と対処法が見つかるまで、私は君を拘束しなければならない……恐ろしいとは思いますが、少しの間、我慢してください」 そう言って震える肩に触れると、少年は手に顔を埋めたまま、くつくつと背中を揺らした。 笑っているーー?ぞっと悪寒を覚え、咄嗟に飛び退くと、間一髪のところを鋭い爪が通り過ぎていった。 月明かりに青く光る少年の右目から、目に見えるほどの邪気が立ち昇る。 興奮を隠しきれず歪めた口元には、鋭い牙が見えた。妖怪化がかなり進んでいる。 破れた袖を抜いて傷口を縛り、体勢を整えながら距離を取ると、今度こそ躊躇わずに【時風】を抜いた。 【時風】はあやかしは斬れども、人には傷をつけない。先に一瞬見せた彼の恐怖は本物だった。まだ彼の中に“人”が残っているのなら、一か八か、彼を斬りつけ、鬼の部分のみを祓うしかない。 捕まえようと追ってくる少年の攻撃を避け、頭の中で策を廻らせながら、一瞬の隙を逃すまいと四季は闇に目を凝らした。 かつて、大切な人達を妖怪に奪われた時も、自分はこうして暗闇を見つめていた。あの時もこの刀は共にあったが、幼い自分には何もすることが出来なかった。 しかし、今は違う。今の自分は、この刀の振るい方を知っている。 トンと肩が壁が当たり、思い通り袋小路に誘い込めたことを確認した。 牙は目の前に迫っていた。喉笛を噛み割かんとする少年を避け、体を捻って抜け出し、彼を壁際に追い込む。 勢いを殺しきれず壁にぶつかり、跳ね返ってきた少年を受け止め、羽交締めにするようにしてその首元に【時風】を当てがった。 しかし、うう、と泣き声のような呻き声を聞いた途端、一瞬、自分は彼を殺してしまうかもしれない、という躊躇いが過った。 それが命取りだった。うっと息の詰まり、同時に肋骨に衝撃が走る。まともに肘を受けてしまった。続いて聞こえてきたブチブチという異音に顔を上げる。少年が自分の長い髪の先を、嬉しそうに喰い千切っているところだった。 「あぁ、やっぱり、四季さんのところに来てよかった……美味しい、美味しいです。四季さんは、いつも僕に美味しいものをくれる」 恍惚とした表情で人の髪を喰む姿は、現実だとわかっていながら、夢であれと願いたくなるようだった。 あぁ。君は、そんな風に笑う子じゃなかったでしょう。 四季は刀を逆手に持ち替え、捕らえられた髪を掴むと、空に向かって躊躇うことなく一気に刀を振り上げた。 鋭い刃は音もたてずに四季の髪を切り取り、目の前の光景に少年が目を見開く。その瞬間、その瞳に向かって一気に【時風】を突き出した。 絶叫が夜の闇を割いた。耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫びの中、四季は目をそらすことなく真っ直ぐに彼を見つめた。 【時風】はまだ僅かばかり少年の目をとらえただけだ。斬らねばこの刀の本来の力は発揮できない。全身全霊をかけて押し込もうとするものの、刃を掴む少年の怪力がそれを拒む。 「あっ……う、あぁ……っ四季さ……嫌です、どうしてですか……!」 「東風君、思い出して下さい。君は人間です。ごく普通の男の子です。思い出してください、友達の顔を、あなたの家族を」 そう言った途端、抵抗を続ける少年の力が、僅かに緩んだ。 今だ!刀の頭を突き、一気に仕留めんとする。しかし、ぐんっと刃先がずれ、切先は壁に突き刺さった。 「あ……あいつだ……全部、あいつのせいなんだ……!」 見開いた少年の目がめらめらと燃え上がる。恐怖に慄いていた表情は瞬く間に憎しみへと変わり、少年は刀ごと四季を凪ぐと、全速力で暗闇へ向かって駆け出した。 「東風君!」 転んだ拍子に完全に肋骨をやってしまった。痛みの中必死に呼びかけたが、彼が振り向くことはなかった。 いけない、誰かに伝えなければ。【時風】に縋りながら立ち上がり、家へ戻ろうと歩き出す。 その時、ぽつり、と短くなった襟足に冷たさを感じ、四季は空を見上げた。 雨が降ってきていた。 (42/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |