海外の優れた文化を取り入れ、急速に発展してきた西の国。
古の文化を大事にし、それに固執し他を排除しようと反発を続ける東の国。
二つの国が始めた戦争は、未だ終戦の気配を見せず、たくさんの命を散らせてきた。
そんな戦の時代に疲れ果て、西にも東にも属さない、流れ者の身分を選ぶ者たちが居る。
祖国に居られなくなった者、戦に嫌気がさした者、商売のためや前科者など、理由は様々あれど、
大なり小なりみな心に傷を負い、時々、人恋しさに宴を開く。
「でさ、じゃあ戦う前に東がどんなトコなのか見てこようと思ったわけ」
「あっはっは! そんな理由で一人旅かよ。ボウズ、お前変わった奴だなぁ」
軍学校を卒業し、正式に西の軍人になる前の休暇を使って旅に出た。
理由は先に言ったとおり、東国をこの目で見てくるためだ。教官や先輩が言う時代遅れの原始人たちが、どんな人間なのか見てみたかった。
しかし、行き当たりばったりの旅は早々に岩礁に乗り上げた。
外の物価は国内の二倍は高価で、腹を空かせて参っていたところ、運良く流浪の民たちの宴会に出くわし、善意に甘えて飯と酒にありついている。
「それで、オマエ名前なんてーの?」
「月白 銀之助。あ、こんなツラしてって思っただろ? 祖父さんが東の人間なんだ。祖父さんが話す東の様子が西の話と随分違うから、気になったってのもあるんだ。こん中に東の人っている?」
問いかけると、俺も、私も、と何人かが手を上げた。
焚火越しにその姿を確認し、ほぉ、と声を漏らす。別に俺らとあんまり変わらないな。
「へぇ、東の人間は肉を食べないって本当?」
「さすがにそれはねーよ! 豚も牛も普通に食うさ」
「だよなぁ」
程よく酒の入った席には笑い声が絶えない。なんかでっかい家族みたいでいいな、と思った。
しかし、焚火を囲んだ輪の外にも、ちらほらと人影が見えた。明かりもなく少人数で頭をつき合わせている者や、たった一人で木に寄りかかっている者もいる。
あの人たちは中に入らないのかと聞いたが、宴は情報交換と生存確認の意味もあるから、飲みたい奴らばかりじゃないんだ、と言われた。
陽気な流れ者の闇を垣間見た気がした。様々な理由あり、は中々に根深そうだ。
あ、そうだ。
「なぁ、この中に銃の修理出来る人居ないかな。途中で一つ壊れちゃったんだ」
「軍人様のくせに自分で手入れできねーのかよ、ダッセェ」
「まだ学生だって。直せる範囲なら直したけどさ、部品いくつかばら撒いちゃったんだよ」
「あー、それなら……今日どっかにアイツ居るか?」
「桔梗屋? あそこ」
そう言って指差された先は、森だった。
焚火の明かりも届かない位置に、ぼんやりと人影が見える。木を背にして一人で座っている、あれのことだろう。
立ち上がろうとすると、隣の流浪の男につつかれた。
「気難しい奴だからな、昼間にしといたほうがいいんじゃないか。酒、入ってるし」
「いや、行ってくる。ありがとう」
あわよくば、酒の力を借りて修理代まけてくれないかなぐらいの気持ちだった。
賑やかな輪から離れ、森の陰に近づく。東の袴と着物を着て、西風の帽子を目深にかぶった、ちぐはぐな服装の人物だった。
近づいてくる気配に気づいたのか、桔梗屋が顔を上げる。
うわ、すげー美人。
しかめっ面が残念なのと、フレームの太い大きな眼鏡をかけているものの、それでも眩いばかりの端正な顔立ちが隠しきれていない。
「……なに」
なんだ、男かよ。
咲きかけた何かが一瞬で萎み、俺はため息をついて桔梗屋の隣に腰掛けた。
馴れ馴れしいのに慣れていないのか、桔梗屋は迷惑そうに身をよじる。
「あのさ、銃の修理して欲しいんだけど、桔梗屋ってあんた?」
「名前で呼ぶな!」
話しかけると、急に桔梗屋は立ち上がった。
いきなり怒鳴られ、驚く俺を桔梗屋は見下ろす。酒で少しだけ赤くなった頬に、次々と涙が溢れてきた。
「え、何で泣くの」
「うるさい!」
またも理不尽に怒鳴りつけ、桔梗屋は森の中に走り去ってしまった。
流浪の奴らってわっけわかんないな。やっぱ昼間にしときゃよかったかなぁ。
頭を混乱させながら、賑やかな焚き火の輪の中に戻ると、おかえり、まぁ飲め、と再び温かく迎えられ、丸太の上に腰掛けた。
「どうだった?」
「え、うん、なんか泣いて逃げられた……あの人、いつもあんななの?」
正直に話すと、突然周囲の空気が変わった。
ワッとざわめき出し、何人かが慌てて立ち上がる。
「やべぇ、探せ! 花の奴またやるぞ」
「花って誰?」
「桔梗屋だよ! あいつ自殺癖あるんだ。泣く度に死のうとする」
「はぁ!?」
「いーっていーって、ほっとけよ。どうせまた死ねないよ」
慌てて駆け出す者も居れば、慣れているのか、引き続き酒盛りを楽しむ者も居たが、俺は探しに行くほうを選んだ。
泣き出した時の、桔梗屋の顔が浮かんでくる。すごく怒ってたのはわかったけど、今思うと辛そうな顔にも見えた。
夜の森はひどく薄暗くて、松明を持って来ればよかったと後悔した。
桔梗屋、と呼びながら探していたが、怒らせた原因を思い出し、周りと同じく花、花、と呼んで探し続ける。
やがて開けたところに出ると、何かが視界の端で動いた。ガサッ、と木の葉の鳴る音がして、木から何かがぶら下がる。
「うわ!」
思わず叫んで駆け寄り、木からぶら下がった体を抱き上げた。間一髪枝が折れて助かったようだが、桔梗屋は首にベルトを巻き付けたまま、脚をバタつかせて抵抗してくる。
「何で助けるんだよ! 何なんだよお前! 死なせろよバカァ!」
「そりゃこっちの台詞だろ! 何でいきなり死のうとしてんの!? 俺!? 俺のせいなわけ!?」
もがく桔梗屋の首からベルトを外し、肩に担いだまま来た道を戻る。
声を聞いて男だってわかっているけれど、細すぎて女でも担いでるみたいで何だかドキドキした。命の恩人だってのに罵詈雑言を喚きながら頭とか背中とかボカボカ殴られ、さすがに苛ついてくる。
その時、桔梗屋が急に抵抗を止め、静かになった。
嫌な予感がして引っ張り起こすと、桔梗屋はその手に小さな刀を持っていた。
慌ててその場に押し倒し、刃物を持つ手を押さえつける。間一髪間に合ったのか、首筋に浅い切り傷はできていたものの、致命傷にはほど遠かった。
「離せ! この馬鹿力! ほっといてくれよ!」
「ほっとけるかよ!」
あんまり綺麗な容姿に惑わされそうになるが、こいつは男だと言い聞かせ、一撃食らわせて意識を奪う。
気を失った桔梗屋はぐったりと倒れ、その手から小刀が転げ落ちた。
懐から覗く鞘に刀を収め、一応没収しておく。
長い黒髪に埋もれて眠る桔梗屋は、気を失ってもなお、しかめっ面で泣いていた。
「何なんだよ……」
これが、俺と花との出会いだった。