【企画】歌刀戦記 | ナノ


カルヤライネンの罪  


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 俺が生まれたのは、西国の、山間のちいせぇ農村だった。
 ほぼ自給自足で暮らしてる平和な村だったが、長きに渡る東西戦争の煽りは、そんな田舎の村にまで押し寄せた。
 お国の役に立ちたい若者は志願しろ。そう言われて、大人たちに言われるまま入った軍学校。
 成績はいつだって中の中だ。時には平均にも届かねぇ、平平凡凡の見本みたいな成績。
 ただ、目だけはよかった。昔から飛んでる虫を次々とつまんだりして友達を驚かせたものだが、それ以外なんもねぇ。
 それでも、一つでも特技があるってのは意外なところで役に立つもんで、同じ村から来た奴らは訓練が進むにつれ次々と叩き落とされていったが、俺は拍子抜けするほど呆気なく軍学校を卒業した。
「村の名誉のために、ユニは最後まで頑張ってくれよ」
 そう言って、肩を落として故郷に帰る幼馴染を、結局、十二人全員見送った。

 戦に出る軍人は、“ウタヨミ”の力を借りて戦うという。
 ウタヨミってのは、兵士に不思議な効果をもたらす歌を歌う種族のことで、実際に見たことはあっても、軍学校を出るまでその不思議な力を体験することはなかった。
 もちろん機会はあったし、訓練生の何人かは“共鳴”と呼ばれるウタヨミとの連携を自ら望んで体験するやつも居た。
 俺はといえば、正直、ビビッていた。
 田舎の村じゃウタヨミ自体が珍しく、ましてや戦っている姿なんてそう見れるものじゃない。頭ではわかっていても、目の前で人が雷を纏う姿や、見えない壁なんかに阻まれるのを見ると、これが現実だと思うことがどうしてもできなかった。
 それに、ウタヨミと“共鳴”するということは、そいつとパートナーを組むことにもなる。長くやっていくことになるなら、出だしで下手してなめられたくない。
 俺の実力に見合う奴が出てきたら組んでやる、なんて見栄を張り続け、正式に軍に入った後も、目の良さを生かせる見張りや偵察をして何とか凌いでいた。

 しかし、そんな言い訳が長く通じるわけがなかった。
 いい加減ウタヨミを決めろと上官に呼び出され、前線に出すために訓練してきたんだと説教を受けた。
 それなりの金ももらってるし、お国のため、故郷のためと言われちゃ、返す言葉もねぇ。
 だが、あいつに初めて会った時、正直いくらなんでもこいつじゃダメだと思った。

「んじゃ、よろひく〜」

 瓶ごとの葡萄酒を腰に下げ、明らかな赤ら顔で握手を求めてきた、男のウタヨミ。
 それがスーロだった。寝起きみたいなへちょへちょの黒髪の、明るい藤色の瞳の男。背丈は俺と変わらないが、大した戦闘訓練を受けていないであろう、貧弱な体つきをしている。
 見栄でもハッタリでもなく、こいつだけは御免だ、そう思った。

「ははっ! 仕事中飲んでるようなアホが俺のウタヨミだって!? ふざけんなよテメー」
「俺の歌はねぇ、相手の身体能力を高めんだって。きみがさぁ、すごく目がいいっていうから、んじゃ一回組んでみまひょーかと思ったわけ」

 ちなみに飲んでたのは勤務時間外ですぅ、とか言って、スーロは手拍子しながら歌い始めた。
 子供のお遊戯歌みたいな幼稚なリズムの歌で、おそらく即興だ。ウサギさんとクマさんがお山でなんちゃらとかいうふざけた歌詞だったが、その奥から、同時に不思議な音色が聞こえてきた。
 これを言葉で言い現わすことは難しい。とにかく脳みそから筋肉から何もかもを揺さぶるような歌で、ぞっと鳥肌が立った。
 次の瞬間、スーロの脇に立っていた上官が、突然、武器を抜いた。
 目には見えていた。だが、普段なら体がついてこないはずだ。それなのに、ベテランの戦士が武器を抜くより早く、俺は相手の剣の柄を押し戻していた。
 パン! とスーロが強く手を叩く。同時に、体から力が抜けた。
 尻もちをついて、がくがく震える俺を、スーロが赤ら顔で覗きこんでくる。

「な、な、なんだ今の……」
「ね? これがウタヨミの仕事ってやつ。俺たち相性いいみたいだ。どう、組んでみる?」

 黒手袋を嵌めた手が、すっと差し出される。
 前言撤回だ。こいつなら、こいつとなら、ようやく戦場に出られる気がした。

「俺、スーロ・ラハイラ。きみはカネとライオンだっけ?」
「カルヤライネンだ! ……ユニでいい」

 その手を取って立ち上がる。この日、初めて相棒ができた。


  *




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