【企画】歌刀戦記 | ナノ


桔梗のはつ恋 1  


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「軍人様、軍人様!」

 最初の記憶は、母の悲鳴だ。
 九つになった頃、母の働く遊郭で、皆に聞いて欲しくて、最近覚えた歌を歌ってしまったのがきっかけだった。
 女たちの悲鳴をものともせず、土足のまま乱暴に踏み込んできた大きな体の男の人たちは、しっかりと僕を抱く母の腕から、いとも簡単に息子を取り上げた。

「後生です、後生ですから堪忍しておくんなんし! この子はわちきの宝でありんす! どうか、どうか、連れて行かないでおくんなんし!」

 美しい髪を振り乱し、形振り構わず縋る母を、軍人は力任せに突き飛ばした。
 とっさに駆け寄ろうとした腕を掴まれ、わんわんと泣く口を押さえて荷物のように小脇に抱えられる。
 いくら足をばたつかせてもまるで鉄の牢のようにびくともせず、為す術もないまま、生まれてから一度も出ることのなかった遊郭の外に出された。
 桔梗を、わっちの宝を売ったのは誰だと、母が泣き叫ぶ声がする。
 その声を聞いて、きっと、僕はとんでもない過ちを犯してしまったのだと思った。
 おかあさん、ごめんなさい、おかあさん。
 あまりの恐怖に泣くこともできないまま、僕は軍の保護下に置かれた。


 僕は、どうやらウタヨミという人種なのだという。
 自分と同じく、無理やり連れて来られたのであろう9つから15の子供が一部屋に集められ、泣きべそをかきながら堅苦しい軍人の説明を聞いた。
 戦が長引く今、国民はウタヨミが生まれたら正しい教育を受けさせるため、一時的に軍の保護下に置くことを義務付けられている。
 しかしここに集められた者たちの親はそれをひた隠しにし、よってお前たちは連れて来られたのだと、親を非国民にしたくなければ軍に貢献しろと脅された。
 軍人の言葉はいつも聞いていた廓言葉と全く違って、難しいことはよくわからなかったが、母のために頑張らなければいけないことは理解できた。
 それからの数年は、他の子供たちと共同生活をしながら、ウタヨミの歌の訓練に明け暮れた。
 朝早く起床して炊事洗濯の雑用をこなし、日中は声が枯れて出なくなるまで歌の練習をさせられる。
 母から引き離されてしまったきっかけの歌を歌うのはひどく恐ろしかったが、厳しい歌の先生の中には「上手いぞ、よくやったぞ」と褒めてくれる人が何人かいて、それだけが救いだった。
 ウタヨミの力には個々それぞれの特徴があり、将来は軍人ひとりと組み、その力を使って戦いの手助けをするという。
 養成所の中には、味方を守る塀を作り出す者、敵のウタヨミの意識を乗っ取る者、そして僕のように、軍人の得意とする武器を出現させる者などが居た。
 養成所でその能力を持つのは僕一人で、その特殊さから個別に訓練させられることもあった。
 最初は三本の刀を出現させるのが限界だったが、少しずつ増やすことに努力を費やし、そのうち稽古場を埋め尽くすほどの刀を出現させることに成功するようになった。
 しかし、その頃身体に不調が訪れた。もともと同い年の子供より体が弱かったが、訓練の最中頻繁に倒れるようになってしまった。
 些細なことで倒れては訓練や雑用を休んでいる僕をやっかみ、ずるだと文句を言うやつや、母譲りの女顔のせいで、贔屓されていると噂をたてるやつもいて、随分嫌な思いをした。
 十三で養成所を卒業し、とうとう軍人につき戦場に出ることになった。
 最初の軍人はまだ若い十代の新人で、お互い試しにという気持ちで組んだ。相手は僕が女でないとわかってあからさまに落ち込んでいたが、戦場での相性はなかなかだった。
 戦場で戦果を上げれば、それなりの金が手に入る場合もあるという。もしかしたらそれが母の身受け金になるかもしれないと、もう一度再会出来る日を夢見て必死になって戦場に立った。
 しかし、それも長くは続かなかった。共に戦場に立っていた若い軍人が、目に見えて日に日に疲弊していった。
 最初は彼の経験不足から無駄な動きが多いせいだろうと思った。しかし、見る間に病を患ったようにやつれていく彼を見て、周囲もこれは只事ではないと判断した。
 試しに何人かの軍人と組まされ、結果、僕の歌には、軍人に必要以上の負担をかけてしまう副作用があることがわかった。
 今までは訓練所で日ごと様々な軍人と組んでいたため、たった一人に長く負担をかけ続けることがなかっただけのことらしい。
 静養を理由に若い軍人との組みを解消され、僕は判断を待ち待機ということになった。
 絶望した。母と引き離された力であの日の過ちを償うことができたはずなのに、その道が断たれてしまった。
 しばらくの間、ただただ泣き腫らしていることしかできなかった。しかし長い時を過ぎて、ようやく前向きに物事が考えられるようになった。
 自分の歌は、何もないところへ武器を出現させること。まるで神業のようなその現象を起こすことが軍人の負担に繋がるのなら、この場にあるものを遠くに出現させられるようになればどうだろうか。
 結果、実験は成功した。短刀を歌いながら遠くへ放ると、短刀は空中で消え、床の間に敷いた布の上にコツンと着地した。
 しかし何本もの刀を下げて戦場に立つことは現実的でない。もし今より強力で扱いの簡単な武器があれば、もっと軍人様にかける負担も軽減されるかもしれない。
 僕は躍起になって武器の研究に没頭し、ついに西の武器である拳銃に辿り着いた。
 敵国の武器とはいえ、その威力は桁違いだった。長銃のように場所も取らず、弾さえあれば、矢を番えるよりも早く敵を仕留めることができる。
 何なら自国で真似して作ったっていい。流浪の民から本物の銃や構造から何から詳しく載った説明書を買い取り、その探求に夢中になった。




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