※直接的には出て来ませんが、ストーカーネタが苦手な方は注意!





(なんで俺とこいつがキスしてんだ?)

空は真っ青だし、雲は真っ白だし、日差しはぽかぽかだし、気持ちよく昼寝をしていたはず、……だった。
5分前までは。

今、俺は学校内で一番高い場所であろう、屋上にある貯水タンクの足元にいた。


うとうとしていると何かが鼻先を掠め、目を開けた途端、唇に柔らかいものが触れて。
近すぎてぼやけた視界でもどうにか漆黒の短い前髪と、無駄に綺麗な赤い瞳が確認できた。
こんなやつは一人しか知らない。

(ノミ蟲…)

寝ぼけてたからか今の今まで、現在進行形で所謂キスをしている相手が殺し合いと呼ばれる鬼ごっこを毎日繰り返している相手だと、気付かなかった。
だからといって今抵抗したところで無駄な体力を使うだけだし、キスをしたという事実は変わらないし、なにより、眠い。
大人しく好きなようにさせるか、と決めて大嫌いな赤色から目を逸らすように瞳を閉じる。

(本当の恋人でもあるまいし、臨也と見つめ合うとか…あ、やべ鳥肌。)

こいつと恋人だなんて死んでもありえない。
たぶん唯一、俺と臨也が持ってる共通認識だ。

「あれ?もっと嫌がる…っていうか、それこそいきなり殺されちゃうと思ってたんだけど、」

俺とのキスが気持ちよかった?、なんて言いながら楽しそうに唇を拭って俺に被さっていた体を起き上がらせる。

「…やっぱり手前は変態だったんだな。」

今更だが、ここは敢えて言わせてもらう。

「は?いやいや、勘違いしてもらっちゃあ困るよシズちゃん!ただ俺がちょっと面白いことを思い付いただけだよ!」

「面白いことだぁ?」

大概こいつの脳が考え出す面白いこと、楽しいことは、俺にとってはこれ以上ない程の面倒事だったりする。
ちなみに、この嫌な予感がしたときには臨也の遊びに既に巻き込まれている確率、99パーセント。
残りの1パーセントは、予感をした直後に巻き込まれるとか、そんなだ。

「ね、シズちゃんさ、俺と恋人にならない?」

……やっぱり聞くべきじゃなかった。
ふつふつと怒りと苛々が沸いてくるのを感じる。

恋人ってつまり一緒に学校来て、下校して、キスして、セックスする間柄のことだよな。
そんなことはお互いがお互いに好意を持ってるから恋人な訳で。

なのに、このノミ蟲と、俺が、恋人。

(いや、精神的にも肉体的にも普通に無理だろ。)

「無理。」

「悩んでくれてるからちょーっと期待してたのに。やっぱ駄目かぁ…。というかね、これ、俺の人生初の告白だよ?こんなに素敵で才色兼備、眉目秀麗な臨也さんなのにフラれるとか!あ、なんか四字熟語ばっか使ったら新羅みたいになっちゃった。…あははっ!さっすがシズちゃん!大嫌い!」

話が飛びすぎていまいち言ってる事が理解できなかったが、まぁ臨也が俺に大嫌いと言ったのはわかった。

そんな奴の隣に座っているのもいい加減嫌になってきたもんだから、動く気配のない臨也のせいで俺がしょうがなく立ち上がり、ブレザーの内ポケットに隠し持っていた煙草とライターを取り出す。
火をつけて一口吸い、紫煙を吐き出すとまだ座っていたはずの臨也がいつの間にか立ち上がり、ごほごほ、とむせていた。
風向き的に煙が臨也のいる方へと流れたらしい。

「手前、煙草が駄目なのか。」

思い返してみると、今まで臨也の前で煙草を吸ったことはなかったように思う。
学校だからと一応は先生にもバレないように屋上や校舎裏で吸うことにしていたし、俺はまだ臨也と喧嘩してる最中にまで煙草を吸いたくなる程のヘビースモーカーでもない。

「ごっほ、よく、っそんなマズくて体に悪いもん、吸うね。俺に、は全くもって理解不能だよ。」

臨也はまだ軽く咳込みながらこっちを睨んできた。
本当に煙草が苦手らしい。

「悪い。今消すから。」

そう言って壁に押し付けて、火を消す。
まだ二口しか吸っていなかったから勿体ないことしたな、と思っていると急に抱き着かれた。

「シズちゃんさぁ、そうやって俺に対して意味わかんないことするのやめてくれないかな。」

俺の背中から腹へ腕をまわし、頭を擦り付ける臨也。
こんな日差しの中にも関わらず、体温は低い。

「手前が煙草苦手だからわざわざ消してやったんだろうが。どこに文句をつける要素を見付けるんだ手前は。そして離れろノミ蟲。」

文句を言ったにも関わらず、すりすりと頭を背中に擦り付けてくるこいつには離れる気は一切ないようだ。
さっきの恋人発言から今の行動まで、何かおかしい。

「あのさ、やっぱり恋人になってよ。」

「どうして俺が手前の恋人なんかになんないといけねぇんだ。」

「さっきも言ったじゃん。面白いから。」

「俺はちっとも面白くない。」

べりっ、と貼りついていた臨也を剥がし、正面に立たせる。
俯いて片手で目を隠しているのに無性に腹が立って、無理矢理手をはずすとそこには、涙を堪えた瞳があった。

「…あーあ、見られちゃった。シズちゃんがいけないんだよ?俺が助けを求めたのに、無下にするから。」

思い当たることが見当たらず、黙ったままでいると俺の表情から読み取ったのか、小さく臨也が自嘲の笑みを浮かべる。

「これでも結構思ったより参っててさ…もう2日くらい寝てないんだよ。朝も昼も夜も構わず送られてくるメールと掛かってくる電話のせいでね。」

「メールと電話?」

そのまま臨也は、ぽつりぽつりと話し出した。
最初は信じられなかったが、よく見ると普段から白い肌は青白くなり、さっき抱き着かれたときに感じた低い体温はこいつが眠れていなかったせいだと気付く。

結局わかったのは、かなり酷いストーカー被害にあっているということ。

被害の1つ目は、昼夜問わず約5分間隔でメールか電話が携帯にかかってくること。
被害の2つ目が、昨日の学校帰りにポストを見ると自分の明らかに盗撮されたとわかる写真が入っていたこと。
被害の3つ目は、今日の朝学校へ来ると下駄箱の中に溢れんばかりに臨也が普段使っている香水が新品の箱に入ったまま詰め込まれていたこと。

携帯の電源を入れた瞬間に大量に届くメールが怖くて、電源をつけずに家に携帯を置いてきたと言った臨也は、本当に参っているらしかった。

「それで、俺に恋人になってくれ、と。」

「そう。シズちゃんが恋人になればストーカーさんも諦めてくれるかもしれないし、もし俺が襲われてもシズちゃんが守ってくれるでしょ?もちろん、シズちゃんが襲われても全然心配ないし。」

勝手すぎる考えにまた苛々が襲ってきたが、今までなら弱い部分を上手く隠し通す臨也がその弱い部分をさらけ出し、俺に助けを求めたことを何故か嬉しく感じた。
化け物だと言われ続けてきたこの力も役に立つときはあるらしい。

「…わかった。」

「え?なにが?」

「臨也、恋人になろう。」

「…………は、?」

「毎日朝とか迎えに行ったり面倒だし、今日から手前の家に泊まることにするか。」

「いや、ちょっと待ってよシズちゃん、本当にいいの?だって、何が起こるかわからないし、てか泊まるって…!」

自分から言い出したことでもまさか承諾されるとは思っていなかったのか、急にあたふたし始める臨也がちょっと子供っぽくて可愛くて。
気が付くと俺は、微笑みながら真っ黒な臨也の頭を撫でていた。






(ストーカーさん、ご愁傷様。)





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