天気は晴れ。
降水確率、0%
最高気温28度、最低気温22度。

うん。
最高のお天気!


佐藤くんと俺は今日、それぞれのアパートから新居へと引っ越す。

それはもちろん、ふたりで住む、家に。



『準備できたか?』

『ばっちりー。佐藤くんは?』

『俺もできた。…んじゃ、行くから。』

『りょーうかい!』

『たぶん10分くらいで着く。』

電話で話をしながら進めていた荷造りは、さすが男ふたり。
あっという間に終わった。
…まぁ、前々から今日に向けて片付けしてたっていうのもあるし。

お互いに荷物は少なく済みそうだと早々に判明したので、昨日のうちに先に佐藤くんの車で両方の家を行き来し、どうしても生活に必要な家電や大きな家具を運び出しておき、今日はダンボールに詰めた細々としたものを運ぶだけだった。

なるべく引越しにお金をかけないように、洗濯機、レンジ、小さいソファーは俺の家の、テレビ、冷蔵庫、炊飯器、大きなソファーは佐藤くんの家のを使う。
お互いに家具は綺麗に使っていたし、実際ワグナリアでのまかない料理があるおかげで家電も酷使していた訳でもなかったから、それで十分だった。

発つ鳥後を濁さず、なんて言葉もあるけど、まさしくその言葉がぴたりとはまるように俺の部屋も佐藤くんの部屋も、その状態になるまで、あと少しだ。
処分する家具を引き取ってくれる人もどうにか見付かったしね、と荷造りの際に出てきたゴミや既にいらなくなった紙類を大きな袋にまとめていると、玄関を2回ノックする音の後にぴんっぽーん、という独特な音が耳に届いた。

「はいはーい、今開けるよー!」

袋の口を結んでドアに向かって大きな声で佐藤くんに返事をする。
なんで佐藤くんだと分かったかというと、まずノックを2回してからチャイムを鳴らすのは佐藤くんだけだし(それには色々と俺の恥ずかしい過去があるからとりあえず今は伏せておくとして)、時間的にも佐藤くんが来るって言った時間にぴったりだったからね。

掃除をしたおかげで塵一つない床を裸足でぺたぺた歩き、ドアを開くとやっぱりそこにいたのは佐藤くん。

「迎えに来た。……なんでそんなにやにやしてんだお前。」

「にやにや!?え、俺、今そんな顔してた?」

「してた。」

「え〜?そう?」

「そうだ。で?準備できたっつってたな。」

「あ、うん。今持ってくる。」

どうやら俺が、佐藤くんと俺だけの秘密のやりとりみたいだ、と喜んでたのが表情に出ていたらしい。
気をつけないと。

意外と重くなってしまったダンボールを2つ佐藤くんに渡し、自分も2つ抱え、下の来客用駐車場に止まっている佐藤くんの愛車の元まで行く。
トランクは佐藤くんの荷物だけでいっぱいになってたから、後部座席に乗せた。

「あと2箱あるんだけど…全部乗せられるかな?」

「ギリギリ大丈夫だろ。もし乗せきれなくても、相馬の座席の足元にでも置いて持って行け。何度も来るとガソリン代が馬鹿にならないし。」

「そうだね。中身もそんな簡単に壊れるものでもないから。」

「ああ。ほら、さっさと運べ。」

「ひどっ!え、手伝ってくれないの!?」

「俺なんか自分のやつ全部一人で運んだんだぞ?」

「確かに…そうだよね、うん、頑張ってくる!」

「いってこい。」

上手く丸め込まれた気がしないでもないけど、今日のダンボールだけじゃなくて昨日の重い家電諸々もほとんど佐藤くんが運んだし、これくらいは自分でやるべきだよね!…と思ったんだけど、

「…重っ。」

そういえば最後の2箱には辞書やら古本屋で買った超長編単行本小説が入ってたんだった…。

だから無理して一度に運ばず、2回に分けて運ぶことにする。
面倒だけど、こうしないと腕力があまりない俺にはかなり厳しい。

「おいっ、しょ!」

エレベーターを駆使しつつどうにか1箱目を車の座席の足元に置き、息をつく。

佐藤くんは一体どこに行っちゃったのか、俺の目の届く範囲にはいなかった。
人が一生懸命運んでるのに…。

2箱目も無事に車に積み、汗を拭こうとした途端、首筋を物凄い冷たさが襲った。

「う、わぁっ!つっ、つめた!」

「…ぷ。」

「さと、っうくん…!」

「悪い悪い。ほら、お疲れ。」

突き出された佐藤くんの右手には、キンキンに冷えたサイダー缶。
いつも俺が好んで買っているメーカーのサイダーを覚えて、わざわざ選んでくれた佐藤くんに胸がきゅーんとする。

ああ、俺って乙女ー!

「…ありがと。」

「いえいえ。全部運び終わったみたいだし、これ飲んだら行くか。」

「そうだね。」

パシュッ、と良い音を立ててプルタブを開ける。
一口飲めば、熱くなっていた体に冷えた炭酸が染み渡っていくみたいで、気持ちがいい。

そのままいくらか飲み進めていたときに佐藤くんが飲んでいるのがいつもの缶コーヒーじゃないことに気がついた。

「ねぇねぇ、佐藤くんが飲んでるのって何?」

「これか?なんかザクロ味のコーラらしい。あんまそういう気しないけど。」

「へぇー、そんなのあるんだ!」

ザクロとコーラ。
かなり新しい組み合わせ…!

「ひとくち飲ませて!」

「いいけど…。」

「やった!じゃあ俺のもひとくちどうぞー。」

「ああ。」

お互いのジュースを交換し、缶の飲み口に唇をつけると、耳元でぼそっと低い声で間接キス、なんて囁かれて、一気に体が熱くなる。

「さ、とう、くんっ!!!」

「真っ赤。」

「うるさいうるさいうるさい!なんでそういうこと言うのさ!っ、いじわる!!」

「へぇ、そういう言い方すんのか?」

「だって佐藤くんが悪いもん!」

たぶん林檎みたいに赤くなった顔で佐藤くんに噛み付いても意味がないなんてことはほぼ確実なんだけど、噛み付かずにはいられないよ!
本当に興味だけでひとくち貰おうと思ったのに!

「わかったわかった。ほら、機嫌なおせ。」

「、っ!」

呆れたように眉を下げながら笑った佐藤くんは、微かに背中を丸めて俺に小さくキスをした。

「なおったか?」

「…ずるい。佐藤くんのばか。」

車で隠れてるからまだよかったけど、よく考えればここは外。
家じゃないのに…でも、やっぱり佐藤くんからのキスは嬉しい。
さっきまでちょっと怒ってたのに、一瞬で宥められてしまった。

「それはどうも。」

「……行こ。」

「そうすっか。いい時間だしな。」

あまりにもいたたまれなくて佐藤くんに早く出発することを促し、先に車に乗り込みエンジンを温めておいてもらって、俺は最後に、今までお世話になった部屋に鍵をかけに行くことにした。

ドアの前に立ち、1つずつ、玄関から、キッチン、居間、そして寝室をまわる。

広いとは言えないけど、いろんな出来事があったこの家には、たくさんの温かい思い出が溢れていて。
それを一つひとつ、思い出すと、涙が出そうになった。

ありがとう。
今まで、ありがとう。

心からありがとうの気持ちを伝える為に、お辞儀をする。

そして俺は、かちゃり、と音を立ててドアに鍵をかけた。


下に戻って助手席に座ると、静かに佐藤くんに抱きしめられて、ひと粒だけ、涙を流した。


「行くぞ。」

「うん。……ありがとう、佐藤くん。」

返事はくれなかったけど、たぶん佐藤くんは気にすんな、と言ってくれてるような気がする。
彼には、そういう、無言のやさしさがあるから。


オーナーによく似たこの車も、音を立てないで穏やかに、俺の家から出発した。









(たくさん、たくさんの感謝を)
(今、君に)





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