寝る仕度を終えて、布団に入ったときに鳴った携帯のディスプレイには、大好きな人の名前が表示されていた。
急いでボタンを押し、耳に当てると微かに鳥の声が聞こえる。
もう真夜中といってもおかしくないような時間なのに、彼はまだ外にいるらしい。

『もしもし、俺だけど。遅くに悪い。今、大丈夫か。』

「佐藤くん!うん、大丈夫だよ。夜遅くにどうしたの?」

『いや…別に、どうってことはないんだけどな。』

「?、まぁいいけど…今、外歩いてるの?」

『あ、ああ。よくわかるな。』

歩くたびにしているんだろう、布擦れの音と小さな足音がすごくリズミカルで、眠気を誘ってくる。

「うん。音がね、一定のテンポだから、眠くなるよ。」

『そうか。…でもすぐ寝るなよ。』

よくわからないけど、佐藤くんが寝るなと言っているのだから、とりあえず眠っちゃわないよう頑張ってみることにした。

「頑張るよ。」

『、頼む。』

くすりと笑う声の後、優しい低い声。
いいなぁ、佐藤くん。
俺もそういう声がよかったなぁ。
低く響いて、かっこよくて、穏やかで、落ち着いてて。

「佐藤くん、ご機嫌だね?」

なんとなく電話をとってすぐのときから感じていたことを言うと、また笑って返事をくれた。

『まぁ、な。そのうちわかるよ。』

なんだか嬉しそうな佐藤くんの雰囲気に、俺まで嬉しくなってきて、一緒に笑う。
電話越しだけど、ほんの、すぐ隣にいるみたいに。

『相馬、窓開けて月見て。』

「えー、寒いし嫌だよ。もう布団の中だもん。」

『いいから。』

「うぅ、…わ、寒っ!」

言われたとおりにほかほかの布団から滑り出て、窓を開ける。
瞬間、すごく冷たい風が俺を襲って、一気に体が縮こまってしまう。
とにかく寒い。
でもその窓はちょうどよく道路に面しているおかげで、向かいの家とある程度の距離があり、空が大きく見渡せた。

そんな真っ黒に広がる空の中、ぽっかりと黄色い、というかむしろ白に近い月が浮かんでいる。

「今日、満月だったんだ…。」

『見てよかっただろ?』

「そうだね、…ありがと。」

見事にまんまるな月。
なんだか、猫の目みたいだ。

『じゃあ、次は家のドアの外、見てみろよ。』

「ドア?俺の家の?」

『そうそう。なるべく早くな。』

さっきから随分勝手なことを言うなぁ…と思いつつ、今度も言われた様にドアにかかっていたチェーンと鍵をはずした。
あまり音を立てると近所さんに迷惑だと思って、そぉっと手で押さえながら開く。

「え、!」

「『よ。』」

そこにいたのは、恋人の、つまり、佐藤くんだった。

「佐藤くん!?なっ、な、んで!」

「お前に会いたくなったから。」

ああもう、なんなんだこの人…!
俺を殺したいのかなぁ!

「…っ恥ずかしいよ!」

「うん、俺も言ってから思った。」

蛍光灯が光っているとはいえ、まだまだ暗いアパートの廊下でもわかるくらい、真っ赤になってる俺と、その前で楽しそうに笑う佐藤くん。

まったく、とてもじゃないけど敵わないよ…。

「じゃあ、ほら、早く入って。…っ!もう体冷え切ってるじゃん!こんな寒い中、歩いて来るから!」

「おう。」

ずっとポケットに入れられていた佐藤くんの手をひっぱり出して触れてみると、かなり冷たくて、長い間外にいたことを知った。

実際、佐藤くん家から俺の家までは一生懸命に速く歩いて15分(全力疾走すれば6分くらい)の距離。
普通の速度なら30分はかかる。
それだけでも大変だろうに、今日みたいに凍えそうなくらい寒い日の真夜中、わざわざ来てくれた。

会いたい、って思ってくれた。


「じゃあ、お邪魔します。」

「どうぞどうぞ。いらっしゃい、佐藤くん。」

―――俺ってたぶん、世界一の幸せものだよね。



先に佐藤くんにリビングに行ってもらい、暖房のスイッチを入れてからキッチンで少し冷めてしまったお湯を沸かしなおす。

紅茶はこの間、お気に入りのお店で手に入れた、ローズヒップとハイビスカスのフレーバーティー。
飲むと体があったかくなるんだよね。
だから、今の佐藤くんにはきっとぴったり。

葉を入れた小さいポットにお湯を注ぎ、1分ほど蒸らし、透明なガラスのコップに紅茶を淹れた。
鮮やかな紅色が、静かに揺れる。
自分の分も用意してから佐藤くんの待つリビングに行くと、佐藤くんは既にテーブルの前でクッションを抱き、くつろいでいた。

「おまたせ。」

「いい匂いだな。」

「でしょ?結構前なんだけど、隣町にある可愛いお茶屋さん見つけてね?で、おすすめされた紅茶を買ってみたら、これがまたおいしくて!」

「へー。お前って結構可愛いもの好きだよな。」

「まぁね!それからずっとそこで買ってるんだ。」

「ん…確かにうまい。」

佐藤くんも気に入ってくれた様子。

やっぱりこの紅茶にしてよかった!と思って飲んでいると、いつの間にか後ろから抱きしめられていた。

「…ど、したの?」

「ちょっと甘えたいだけ。」

「よーしよし。」

「ん。」

ほとんど全く、周りの人に甘えたりしない佐藤くんが今みたいに俺に甘えてくれると、素の自分を見せてくれてるんだと嬉しくなる。

だから俺も、これまで絶対に人に甘えたりしなかった(というか甘えられなかった)のに、今ではもう甘ったれもいいところ。

「ねーねー、ちょっとだけ、離してくんない?」

「嫌だ。」

「嫌、じゃなくて…。俺も佐藤くん抱きしめたいんだけど?」

「…。」

腕を離し、俺をくるっと回して向かい合ったと思ったらまたすぐにぎゅうっ、と抱きしめられる。
かわいい…。

「ありがと。…なんか佐藤くん、いい匂い。」

「紅茶か?」

「ううん。佐藤くんの匂い。」

「…お前もいい匂いするぞ。」

「そうかな?自分じゃよくわかんないけど…。」

「ま、そんなもんだろ。」

お互い、ぬくぬくと体温を分け合いながら時間を過ごす。
傍から見たら真夜中に男ふたりがなにやってんだと言われるかもしれないけど、俺たちとっては、心から満たされた時間だった。

5分くらいそうしていたけど、明日はふたりとも講義があったのを思い出して、声をかける。

「そういえば、佐藤くん明日学校だったよね?」

「あー…そうだった。お前もだっけ?」

忘れていたらしく、頭をかきながら疲れたように息を吐く佐藤くん。

ワグナリアのアルバイトに、大学の講義とレポート。
年末はいろいろと忙しいから、疲れがたまっちゃうんだよね。

「うん。もう今日は泊まって行くでしょ?」

「そのつもりだけど。」

「じゃあお風呂入っちゃって?これから追い焚きするから。」

ちょっとでも体を休めてもらおうと、そう言って立ち上がる。

「わかった。俺の寝巻きって確か前に置いていったよな。」

「あるよ。じゃあ佐藤くんが出るまでに脱衣所に用意しておくから、お風呂入っちゃって。」

風呂沸かし機のボタンを押して自分の部屋にある大きな箪笥から、黒色スウェット一式を取り出す。
俺も一度、そのスウェットを着させてもらったことがあるけど、なんというか…腕も脚も長くて、誰がどう見ても彼シャツならぬ彼スウェット(残念ながら全然ときめかない)状態だったんだよね。

改めて佐藤くんの体格のよさを実感したんだよなぁ…。
なんてことを思い出しながら脱衣所にスウェット一式置いといたよー、と半透明の扉越しに声をかけておいた。
これですることはなくなったし、いい加減眠いし、先に布団に入ってしまうことにする。

…うーん、もう冷たくなっちゃった。
ひやっ、とする程ではないものの、それなりの冷たさが体に染みる。
佐藤くんがお風呂から出てくればたぶんほっかほかだろうから、それまでの我慢だよ。

早くきてよさとうくーん…。



* * *



「おーい、風呂あがっ、た…ぞ?」

風呂から出て、相馬の用意してくれた俺のスウェットと下着を身につけリビングへ戻るとテレビも電気も消えていた。
でも暖房が付けっぱなしなのは俺を気遣ってのことだろうな。

あまり知られてはいないが相馬はかなりの倹約家だ。
電気製品類の電源を消し忘れたことは、たぶん無いし。

ふ、と豆電球がやさしく光る寝室を覗くと−−−いた。
ぐっすり眠る、可愛い顔をした相馬が。

そういや俺が電話したときに、こいつは寝ようとしてたんだった。
付き合わせちまって悪かったかな…と、額にかかる髪を指先で除けながら掠めるようにキスを落とす。

「ん…」

「ありがとうな、おやすみ。」


もぞもぞと相馬の温もりであったかくなった布団に入り込み、小さく猫みたいに丸くなって寝ている相馬を正面から抱きしめて、俺も眠りにつくことにした。



さよなら真夜中、
いい夢を

(あったかい…さとうくんだぁ…)
(…拷問)







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