付き合い始めてから1年と3ヵ月。
お互いの誕生日に、オレの部屋の鍵を椿に渡した。
受け取ってくれるかとても不安だったそれは今、泣きながら受け取ってくれた椿の手の中に。


愛情あげようか



「皿出してー」

「もうテーブルに出してある」

「おー」

基本的に料理はオレが担当。
その他の家事は全て、椿が担当。
最初の頃に料理以外の家事をしたオレに、細かいところまでちゃんと掃除をしろ!洗濯は色別にしないと後で大変なことになるだろう!とうるさく注意をしてきたから、必然的にこうなった。

きょうのメニューはパスタ。
アボガドと、安いときに買い溜めておいた海老を解凍して醤油、塩胡椒をミキサーで混ぜて、ゆでたスパゲティーにかける。
最後に自家製の小さなサイコロ状に切ったトマトと刻んだイタリアンパセリを乗せて完成!

付け合せには、コーンクリームを牛乳で溶かしたポタージュ。

うん、我ながらなかなかの出来だ。

オレが料理を出来るのは、長男という立場でいつも母と妹に良いように使われていたからである。
こんなときに役に立つとは思いもせず、毎回愚痴を垂れ流していたが、今となっては2人に感謝したいくらい。

なぜなら、椿がオレの料理を食べたとき、小さな花が咲いたように可愛らしく頬を緩ませるのだ。

普段の椿を知っている人が見れば、我が目を疑うだろうというくらいの。

だからオレは毎回、美味しいと思ってもらえるように、よろこんでもらえるように、笑ってもらえるように、料理をする。

そのために本も読んだし、ネットでレシピを集めるようにもなった。
ある程度のレベルに達したな、と自分で感じてからは今日のように創作料理にも挑戦している。
評判は上々。


「おーい、できたぞー」

盛り付けの済んだ皿をテーブルに並べて、椿を呼ぶ。
次回の授業で提出するレポートをどうにか完成させたらしく、目を離しすぐにこちらへむかってきた。

「…今日もまた一段と美味そうだな」

「だろ?まぁ食べてみて」

席について二人一緒に、いただきます!

オレはパスタ→スープの順番で、椿はスープ→パスタの順番で食事をすすめる。

「うん、やっぱり藤崎の作る料理はとても美味い。
いつも…ありが、とう」

両方に手をつけた椿が笑う。
今日も喜んでもらえたみたいだ!
しかもありがとうの言葉というオプションつき!

高校時代(の付き合い始める前)には考えられなかった穏やかな食事の時間はあっという間に過ぎていく。

綺麗に完食した後は、二人でシンクの前に立って皿洗い。
全ての食事が2枚ずつしかないために、次の食事まで洗わないと皿がなく、とても困ることになるのだ。
スポンジに洗剤を含ませ泡立て、油のついていないスープ皿から洗う。
ものの数分で洗い終わった。

「よし、これで終わり!」

「あぁ。」

お互いやることがなくなり、とりあえずテレビをつける。

かちゃかちゃ、リモコンで番組を一通り見てみるが特に見たい番組も見つからず、すぐに消す。
暇だなーと思いつつ、電源の入っていないテレビへ目を向けていた。

そんな時。
左肩に軽い重み。

隣を見ると、椿がオレの肩に頭を預けていた。

普段はあまり直接的に甘えてこないが、時々こうしてふとした拍子にもたれ掛かってくる事がある。

「佑助」

それは付き合い始めから変わらない、キスをしたいという合図。

顔を上げた椿と二人、見つめ合って、小さくキスをする。

「ん、」

一度でやめるつもりが、満足できずに何度も繰り返す。
触れ合った唇はとても熱く、今にも溶け出してしまいそうで。

息継ぎの合間に漏れる甘い吐息と声に、理性がちりちり、と音を立てて焼き切れていく。

「ぅ、…ん、ぁ」
「っ」

腰に片腕を回しこちらへ引き寄せ、もう片手は椿の後頭部へ持って行き、顔を少し上へ向かせる。
動きに合わせて椿も腕を伸ばし、オレの首に腕を回して抱きついてきた。

体制を変えたおかげで深いキスを交わせる様になり、先ほどよりもお互いを激しく求め合う。

「ふ、…」

「は、ぁっ、ん…ゆ…す、け」

椿の唇から首元へと伝う、どちらのものかわからない唾液が部屋の電気に照らされ、オレを煽る。

そろそろオレも椿も限界かな、と思っているとやはり声がかかった。

「ゃ、っも…ぅ、」

「なに?」

「…へや、ぃき、た…ぃ、」

恥ずかしそうに目を潤ませ、肩で息をしながらお願いされてしまえば、もう断れない。
(もともと断るつもりもないし!)

「うん、わかった…、立てる?」

我慢がきかなくなったせいで、かなり自分勝手にしてしまったという自覚があるだけに聞きづらかったがしょうがない。

「なんと、か」

きっと部屋に行くまでかなりつらいはずだ。
軽く支え、寝室まで歩く。

どさっ、と二人同時にベッドに倒れこむとそれからはただ、溺れるだけ−−−









瞼の裏のやさしい朝の光が、オレの意識を浮上させた。

抱き合ったまま眠りについたせいで、お互いの肩と肩の間にできた隙間が少し肌寒く、素肌に触れるシーツが冷たく感じる。

目を開くと、鼻が触れる距離にまだ眠りについたままの椿。
長い睫毛がなめらかな頬に、薄い影を落としていた。

「ん…」

やはり少し寒かったのか、椿が身じろぐ。
シーツを上へひっぱり、抱きしめる腕に力を入れてあたためてみる。

すると一度顔をしかめたあと、静かに椿の目が開かれた。

「おはよ」

「…」

まだオレを認識できていないらしく何の反応も得られない。

「ぉはよう」

少し時間を置いて返事がきた。
寝起き特有の掠れた声と、甘い発音。

「あのさ、聞きたいんだけど」

「…なんだ」

「昨日なんであんなに素直だったの?」

言った瞬間、後悔した。

こんなこと言ったらすぐに鉄拳が飛んでくる…!

「そ…れは…、」

あれ?
怒ってない。
答えてくれる、雰囲気。

「きのう、しんばさんに会って…、いろいろ聞かれて…」

しんばさん、とは榛葉のことか。

「ボクのはなし、を聞いて、そんなんじゃあだめだよ、とか、言うから…」

「ふーん…?」

「もっと、すなお…にならないと、って」

これで、珍しくあんなに甘えてきた訳がわかった。

「ゆうすけは…うれし、かったか?」

「あったり前だろ!…ありがとな、佐介」

「そうか…なるべく、努力はする、…つもりだ」

こんなにオレを喜ばせることが出来るのは世界で椿、ただ一人だと思う。

嬉しくなって、ちゅ、と音を立てて唇へキスをひとつ。
うっすら頬が桃色に染まった。

「じゃあ、起きよっか」

「…あぁ」



着替えを済ませダイニングへ行き、朝食を作る。
その間に椿は家を出る支度。

「先に出て、ゴミ捨てるから!」

ゆっくり朝食をとってゴミをまとめ、家を出…ようとしたところで声をかけられた。

「藤崎!」

「なに?」

「ちょっと、一回、中入って」

「うん」

ドアを閉めて玄関に戻る。

瞬間ぐいっ、と腕を下にひっぱられ体制を崩したオレの唇に、なにか柔らかく暖かいもの、が、触れた。

「いってらっしゃい、佑助」

状況を飲み込めないでいるオレを残して、椿は楽しそうに笑っている。

もしかして−−−キス、された?
いってらっしゃい、のキス。
同じ学校に行くのに…?

猛烈に昨日の榛葉さんに感謝したい。

ありがとうございます…!!!

きっと今のオレは頬が緩みまくって、だらしがない顔をしているだろう。

「佐介も、いってらっしゃい」

そう言って、おかえしのキスをした。




全ての愛情は
 もちろん君に!