かなしい夜は もう、 いらない。 「オレ、 お前が好きなんだ。」 目の前が一瞬で真っ白に染まる。 それはもうペンキを頭からかけられたかのように。 呆然と立ち尽くしていると藤崎は何を思ったのか嘲笑を一つ零し、目線をボクから逸らしたままぽつりぽつりと話し始めた。 「ごめんな、椿。 本当はこんな気持ちを持つのも、お前に伝えるのも間違ってるって…わかってる。 椿がオレのこと嫌いなのとか全部わかってるし。 でも…、なんか、もう耐えられねぇんだ。 きっとこのまま何も言わないで会う度に喧嘩するだけの関係でいるのは無理だと思ったから。 だから、ごめんな…答えはいらない。 自分だけ言うだけ言って答えいらないとか、本当に勝手だけど。」 全て言い終えたらしく、藤崎はボクと目を合わせようとこちらを向こうとする。 だがボクと目が合う前に悲しい笑みを浮かべていた表情を驚きへと瞬く間に変え、こんなことを言った。 「椿…なんで、泣いてるんだ?」 泣いている…? ボクが…? 力の入らない手を頬へ持っていくと確かにそこは濡れていて。 「え?」 自分では知らぬ間に涙を流していたようだった。 気づいてからは涙がとめどなく溢れ、みっともなく膝から崩れ落ちてしまいそうになり駆け寄ってきた藤崎によって支えられる。 そのまま座り込み、次々と流れる涙を拭う。 最初はそんなボクを見ていただけの藤崎だったが「許さなくていいから」と言って、抱きしめてきた。 夢にまで見た、藤崎の腕の中。 それはあまりにも暖かくて、優しくて、愛しかった。 まだ涙は止まらないが、このまま何も言わず、抱きしめ返しもしなければ藤崎は間違いなくボクの目の前から消えてしまう。 そう思ったボクは、急いで藤崎のシャツの裾を掴み名前を呼ぶ。 「ふ…じさ、き」 しかし藤崎はボクの行動を離してほしいという風に勘違いしたらしく、体を一瞬揺らしたあと背中に回っていた腕の力を弱めてほんの少しだが距離をとった。 離れたことで涙でぼんやりとした視界に、藤崎の顔が映るようになる。 それはまるで今にも泣きそうな、でも微かに喜びが見え隠れする複雑な表情だった。 「最後にいい思い出できた。 椿を抱きしめられたし…オレが原因だからこんなこと言っちゃ悪いけど、なかなか見れない泣き顔も見れたしな。」 『最後』という言葉でドクン、と心臓が大きく波打つ。 「…ない。」 「ん?」 想うだけじゃなくて いいのなら、 言ってもいいというのなら。 「最後なんかには…しない。 答えはいらない、なんて、言うな。」 何回だって伝えよう。 「ボクだって ずっとずっと… 藤崎が好き、なんだから。」 -------------------- まるで、 花が ひらくような 笑みだった。 オレが告白したことで椿が驚き黙り込んでしまうのは予想していたので、立ち尽くしている椿をそのままに今日椿に伝えようと考えていたことをまず話す。 もちろん一番大切な『返事はいらない』ということも忘れずに。 全てを言い終え、恐る恐る逸らしていた視線を椿に向けるとそこには −−−オレを見つめたまま、静かに涙を流している椿。 さすがに目の前で泣き出すとは思ってもいなかったオレはかなり慌てて「椿…なんで、泣いてるんだ?」と口にしてしまっていた。 椿はそっ、と自分の頬に触れ「え?」と声を発する。 その次の瞬間、瞳から次々と涙が溢れ体がぐらり傾く。 慌てて支えるが、椿は立ち上がれないらしくそのまま崩れる様に床に座り込んだ。 俯いたままこちらを見ようともせずに肩を震わせ涙を拭う椿。 ただ見ているだけなんてことは出来ず、気付いたときには抱きしめていた。 椿は抵抗もなにもせず、大人しく抱かれている。 こんな状況でも腕の中に椿がいるというだけで速くなる鼓動に苛立ちを感じたとき、服が少しひっぱられた気がしてその場所を見ようとすると小さな声でオレの名前を呼ぶ声がした。 「ふ…じさ、き」 さすがに抱かれているのが嫌になったのだろうと腕の力を緩める。 椿が赤い顔をしてこちらを見ているのを感じた。 「最後にいい思い出できた。 椿を抱きしめられたし…オレが原因だからこんなこと言っちゃ悪いけど、なかなか見れない泣き顔も見れたしな。」 情けない顔をしているとわかっていても言いたかった。 これで最後だから、と。 そう言うとはっとした表情を浮かべた後、また椿は俯いてしまう。 だか何かを言っていることき気付き、聞き返す。 「ん?」 「最後なんかには…しない。 答えはいらない、なんて、言うな。」 思考が停止する。 最後にはしない…ってどういうことだ? いらないと言ってはいけないって…どうして。 「ボクだって ずっとずっと… 藤崎が好き、なんだから。」 う…そ、だ。 「取り乱して、しまって…すまない。 まさか、本物の藤崎から、っ…そんな言葉が聞けるとは、思っても、みなかったんだ。」 あの椿が、オレを好きだと言った。 それも、ずっとずっと前から好きだと。 「だから…もう、ボクの気持ちはいらないなどと、言わないでくれ、藤崎。」 言い切った椿はオレの胸に額を押し付け、腕を背に回す。 −−−こんな幸せなことがあっていいのだろうか。 気付いた瞬間から諦めていた恋。 その恋が実ったのだ。 今なら先程椿が震えていた訳がわかる。 嬉しくて苦しくて、嬉しくて。 体が勝手に歓喜で震える。 「椿…!」 胸に飛び込んで来てくれた椿をありったけの力でもって抱きしめ返した。 「ありがとう…! なんかもう、嬉しすぎて夢みたいだ!!」 素直に今の気持ちを告げると、急に鼻が触れ合うような距離まで顔を近づけられる。 椿は一度オレと視線を絡ませた後、音も起てずに唇を触れ合わせてこう言った。 「確かに、夢かもしれないな…。 ボクの夢の中のお前もこんな風に、とことん優しくて甘くて…大好きなんだ。」 どうも椿は夢の中でまでオレを好きでいてくれているらしい。 キスしたことは今すぐ死んでもいいくらいに嬉しいのだが、椿の発言がどうも気に食わない。 今椿が『大好き』と言った相手はオレはオレでも、夢の中のオレであって今椿の目の前に居るオレじゃないのだ。 我ながら夢の中の自分にまで嫉妬するとは呆れるが、今さっきやっとの思いで椿を手に入れたばかりなのだからこれくらいの独占欲は許してもらおう。 「…そんなやつ、居なくなれば良い。」 ぽつり呟くとまだ濡れた瞳のままオレを見つめてくる。 「どうして…どうしてそんなことを!」 「だって椿にはオレが居れば十分だろ。 本物の、オレが居れば。」 「っ!!!」 よっぽど椿にとって夢の中のオレは重要だったらしく最初は今にも拳を奮いそうだったが、オレが言った言葉で一気に顔を綺麗な赤色に染め、俯き。 「…ん。」 と言った。 そんな椿がいじらしくて、愛しくて、可愛くて、愛しくて。 もう一度胸に引き寄せ、耳元で 囁いた。 「オレと、付き合ってくれませんか…?」 |