『やぁ静雄。元気かい?まぁ僕のところに来てないし、もちろん元気だよね!というよりそもそも拳銃で撃たれても歩けるくらい丈夫なんだから菌に身体を蝕まれることってありえない気がして仕方がないんだけど…。そこんところ凄く気になるなぁ!どう?』

「珍しく電話寄越したかと思えばベラベラベラベラと!…確かに別にどこも悪くなってねぇけど。なんなんだよ、用件は。」

『うん、自らすすんで君に連絡したかった訳じゃないんだけど……今回ばかりはそういう訳にもいかなくて、さ。』

「ああ?」

『これから言うことは全て事実だから。信じられないかもしれないけど、こっちが話してる最中にいきなり携帯壊しちゃったりしないで、ちゃんと、落ち着いて聞くんだ。いいね。』

「なんだってんだ。」



『……折原臨也が消えた、よ。』



朝起きて一人で朝食をとり、家を出て事務所で待ち合わせしたトムさんと合流、その後取り立てをしながら昼食を済ませる。
本当に、いつも通りだった。
いつも通りに今日も一日が過ぎていっていたのに。

新羅から来た1本の電話で俺の“いつも通り”は呆気なく崩れ去ってしまった。

どうせまた池袋から姿を消しただけだろうそりゃ清々するな、と電話口へ鼻で笑って返した俺だったが、なら臨也の家へ行ってみればいいよという新羅の言葉通りに向かった新宿の高級マンションの一室は、既に塵一つなく、もぬけの殻で。
カーテンも当たり前に取り外され、磨きあげられた真新しいフローリングを西日が直接照り付けている。

「はっ、」

自分でも気付かないうちに失笑が漏れた。

何度電話を掛けても繋がらず、ならばとメールを送ってみても宛先不明で届かない。
なにもかも、あいつが存在していたことを証明できる物が全て消えている。

あれだけ好き勝手に俺に関わってきやがった癖に、消えるときは一言もなしか。

沸々と煮えたぎる怒りを抑えつつマンションから出て煙草を吸っていると、タイミングよく新羅から電話がかかってきた。

『もしもし?、……大丈夫かい。臨也の家に行ったらしいけど。』

「…なんもなかった。」

『うん。だろうね。彼はそういう人間だ。』

「これでもう、目の前をうろちょろされることもない。この上なく快適だ。」

『…』

臨也が消えたということは、仕事を邪魔されることもなくなり、厄介な面倒事を押し付けられることも、苛々することもなくなって、それで……。

「静雄さぁ、君、ちょっとその情けない顔どうにかしなよ。」

電話のスピーカーから発せられていた声があまりにも近くから聞こえて驚きつつも斜め後ろを振り向くと、そこには今の今まで電話していた新羅が、呆れ返ったような顔をしてぽつん、と立っていた。

「な、んで、ここに居るんだ。」

「なんでかって?愛しのセルティに頼まれたからに決まってるじゃない!」

「セルティ?」

「そう。セルティが…きっと静雄は一人で落ち込んでるはずだってさ。」

「なんでノミ蟲がいなくなったくらいで落ち込まなくちゃいけねぇんだ。意味わかんね。」

「ふーん。じゃあ君の頬に伝っているその水滴は一体なんなんだい?あ、雨とかいう言い訳はなしで頼むよ。」

「は?」

言われたままに頬を触ってみると、酒を飲み、煙草も吸う癖に手入れをしていないかさかさしているはずの肌はありえない程に湿っている。
おかしい、と上を見ても綺麗な橙色の空が広がるだけで、雨は降っていない。

涙、か。

自分自身が理解できず立ち尽くす俺に、小さくため息を吐いたあと、新羅は優しげな声で話しはじめた。

「あのね、静雄。これは僕の独り言だと思って聞いて。…『愛情の反対は、憎しみではなく、無関心なのです』。有名なマザーテレサの言葉だね。彼女がここで言ってる愛情っていうのはたぶん兄弟愛の事なんだけど、私からしたらそれは必ずしも兄弟愛にだけ当て嵌まる訳じゃないと思うんだ。どんな関係を通じて生まれた愛でも、きっとこれは共通しているんじゃないかな。」

独り言にしてはずいぶん長いな、と言ってやるつもりで開いた口は言葉を発する前に自然と閉まり、噛み締めた歯の奥から唸るような鳴咽が漏れただけだった。

いつぶりだろうか、この喪失感を味わうのは。
息が苦しくて、喉の奥が痛んで、眩暈も涙も止まらなくて、指先が冷たくて、なにより、―――心が空っぽだ。

嗚呼、今やっと理解した。
俺は折原臨也が目の前から消えたことが、哀しいのか。

「…とりあえず送るよ。このまま放置しておいたら明日までここから動かなさそうだ。」

いつの間にか停まっていたタクシーに無理矢理押し込まれ、教えた覚えのない俺の家の住所を運転手にすらりと伝える新羅を眺める。

内側から窓を透して見る景色はもうすっかり縹色に染まっていた。




あれから半年が経ち、池袋や新宿を歩いていても臨也の姿を無意識に探してしまうことも少なくなってきた、ある日。

とてつもなく忙しく、わざわざ家に帰るのが億劫で事務所に何日間か泊まり続けだった俺は久しぶりに家へ帰った。
換気をしていないせいでジメジメとした空気が部屋中に篭り、なんとも気持ち悪い。
急いで駆け寄り、古く錆びた鍵を開けて窓を全開にする。

「やべ。」

そこで、部屋へ上がる前に郵便受けを見てこなかったことに気付き、慌てて戻るとそこは既にダイレクトメールやスーパーのチラシでいっぱいになっていた。
さすがに放っておくこともできず、げんなりしながら1枚ずつ丁寧に引っ張り出していく。
やっと終わりが見えてくるかという時、どこか見覚えのある字で表に“平和島静雄”とだけ書かれた封筒を見つけた。
切手が貼られていない事からして、わざわざ自分で届けに来たらしい。
何故かその封筒が気になってしょうがなく、とりあえず戻ってその封筒を開けてみようと、よくよく見るとまだ三分の一しか片付いていない郵便受けを閉めて部屋へ引き返した。

邪魔なチラシ類をテーブルに置き、早る気持ちを抑えつつハサミで綺麗に封を切る。
中には小さな薄汚れた紙が1枚だけ、入っていた。

その紙を引っ張り出し、書かれている言葉を読んだ瞬間、俺は泣き崩れることになる。










「シズちゃん、俺をわすれないで」






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