(静雄視点)


臨也が、おかしい。

俺に対しては他の奴にするより頭がイカれた接し方をしてたけど、それが最近変わってきた。

今までなら池袋に現れる前にどっから調べてきたんだか、俺の携帯に連絡をよこす。
行ってみれば大概は大人しくそこにいるから、もちろん喧嘩(殺し合いともいう)をしていた。

なのに、今月に入ってからの連絡はゼロ。

それだけでなく、これまでの遭遇率が嘘のように、会うことがない。
池袋に関係する仕事が1件もないなんてことは考えにくいから、たぶん来てはいるんだろうけど。

やっと負けを認めたのか?とも考えたが、そんな素直な訳でもないし、何も言わずに消えるようなやつでもじゃない。

あんなに面倒で、煩わしくて、うるさくて、殺してやりたいと思ってたのに―――…‥


柄にもないことを頭の中で転がしていると、隣を歩いていたトムさんが「はぁ…」と大きなため息をついた後に少し疲れた声で「静雄」と俺を呼んだ。
何かあったのかとトムさんを見る。

「あのさぁ、お前ため息つきすぎだろ。しかもきょろきょろしすぎ。」

「え、」

「え、じゃなくてね。もしかして無意識か?」

全然、気づいてない。
ため息?
んなもんついてないし、きょろきょろ、って…どこの田舎もんだ俺は。

「本当に気づいてなかったのか?」

考え込む俺を見て、疲れた感じだけでなく、呆れも含みあはは、と笑うトムさん。

「俺、そんなに変でした?」

見に覚えがなさすぎて、聞き返す。

「そんなにもなにも、半月前くらいからずっとだよ。お前。」

半月前からずっと。

…半月?
おい、ちょっと待て、

「あ、そういえば最近静雄の友だちのあの…なんだっけ、折原君?に会わないな。」

…まさか、だろ。

俺の心を読んだようなタイミングで臨也のことを話すトムさん。

ありえねぇ。

いや、でも…これ以外は考えつかない。
いくらなんでも、辻褄が合いすぎる。

俺がため息をたくさんついていたのは、臨也からの連絡が来ないのに気が付いて、落ち込んでたから。
俺が辺りを見てばかりいたのは、臨也がいないかと探していたから。

……かなりの、重症だ。

思ってるだけじゃなく、態度に出てたとか、我ながらダセェ。
いつの間に、あいつに堕ちたんだ。

「ああああああああ!!!!!」

イライラした頭をかきむしって大きな声を出す。
横でトムさんが一瞬ビクッと肩を跳ね上がらせたから少し謝って、それから「ありがとうございました。すっきりしたっす。」と言うと、「それはよかった。」なんて言って、トムさんはまた笑った。

この人には本当にお世話になりっぱなしだから、今度しっかりお礼をしようと決めて、次の仕事場へと向かう。

どんよりと曇っていた空は朝よりも回復の兆しを見せていて、少し、明るく見えた気がした。



今、やっと名前がついた、
この気持ちを届けに行く。





(臨也視点)

早く、早く、早く。

「ねぇ波江。いつになったら連絡くると思う?」

今月になって、俺はシズちゃんに連絡するのをやめた。

今までは毎回池袋に行く度、必死に調べ出したシズちゃんの携帯にメールを出したり電話をしたりしてきたけど、メールなら返信はないし、電話でも決まって留守番電話の機会音が聞こえてくるだけ。
まぁ、教えた場所には来てくれてるから一応確認はしてくれてるみたい。

でもそんなんじゃなくて、俺はシズちゃんからの連絡がほしくて、自分からは一切しないと決めたのだ。

「…あなたがいくら彼を好きだとしても、彼が同じようにあなたを好きかっていったらそれはそれでまた別問題なのよ?言わなくても分かってるでしょうけど。」

波江の言うことはもっともだ。
さすが一生報われない片思いをしてるだけあるね。

「もちろん分かってるよ。それでも俺は待ちたいの。じゃないと不公平じゃないか。」

そう、ただ俺は待っていさえしたらシズちゃんから連絡がくるんじゃないかって気がしてしょうがないんだ。
なんでこんなこと思うのかは分からないけど、アレだよ、第六感ってやつ?
まったくもって当てにならないくせに、やっかいな能力を人間は備えてるね。

「あっそ。ならその待ってる時間を生かしてもっと仕事してくれないかしら。」

…波江はつまんないことしか言わないから外にでも出て人間観察でもすることにしよう。

「ちょっと外出てくる。そこにある書類だけ整理したら帰っていいよ。」

机の上にもっさりと積まれた紙の束を指差したあと、ひらひらと手を振って玄関の扉を開く。
一歩踏み出すと、初夏の少し湿気を帯びた空気が俺の短い前髪を撫ぜた。


ゆっくり歩いて新宿の東口へ向かう。

普段なら西口の方が人が少ない分、じっくり一人ひとりを観察できるから好んで行くけど、今は少しにぎやかな雰囲気を感じたい。
それに時々、サイモンみたいに変わった日本語を話す外人さんも居るしね。

到着すると、ちょうどよく駅地下への入り口付近に設置されている椅子が空いているのを見つけた。
そこへとりあえず腰を落ち着かせてみる。

うん、なかなか悪くない位置だ。

まずは身近な人から、と、隣の女の子を観察することにする。
彼女はどうやら彼氏を待っているらしく、辺りを見回した後、最近売れ出した男性シンガーの歌を唄いだした携帯を急いで耳にあて、会話をし始めた。
その表情はさきほどの少し不安そうな顔から一変し、とても幸せそうで、今の自分ももしシズちゃんから連絡がきたらあんな風になるのかと想像してみる。

けど、あまりの気持ち悪さに寒気がした。

いくら整った顔立ちだと言われても、それはあくまで男としてであって、女の子のように可愛らしい訳ではない(と少なくとも俺は思っている)。
そんな俺が隣の彼女のような表情をしたら、ただ気色悪いだけだろう。
きっと普段の俺を知っている人間なら誰しもがドン引きするか、どこか打ったのではないかと心配する。

「あーあ。それでも、やっぱりシズちゃんから連絡がきたら―――」

「おい」

「―――え?」

あれ、なんか聞こえた。
聞き間違いじゃない…よね?

でも今俺がいるのは新宿で、しかもあまり来ない東口。
どんなに間違っても池袋ではない。
それに、今日は平日だから、シズちゃんはまだ仕事中のはずじゃないの?

「聞こえてんのか、臨也。」

この声は―――



ずっと、ずっと待ってた。










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