「あーだるい。」 日直はきみとぼく しーんとした教室に響く時計の針が指す、ただ今の時刻、午後4時18分。 (静かなのはベル坊とヒルダさんが魔界に帰って、ここに居ないからだ。) 6限目が終わってからもう1時間と8分が経ってるのにおれが帰れていない理由は、担任のせい3割で目の前にいる馬鹿男鹿のせい7割である。 「いや、だるいとか本当におれのセリフだから。 男鹿がまともに゙今日の一言゙を書こうとしないから帰れないの! だからだるいの!」 「書くことないんだからしょーがないだろ! だって今日1つしか授業受けてねーもん。」 「もん、とか言っても可愛くねーよ! てか授業1つ受けたんならそのこと書けばいいのになんで書かないんだよ!」 「いや、寝てたし。」 「男鹿ぁぁあああ!!!!!」 ちなみに゙今日の一言゙というのは日直が書くクラス日誌の最後、1日を振り返っての感想を書くところのことだ。 ちなみに、1人ずつ別々に書かなくてはならない。 うちのクラスの担任はやたらそれを読むのを楽しみにしてるらしく、前に1度てきとーに書いて提出したやつらがもの凄い剣幕で怒られて、また日直をやらされてた。 だからおれ達もてきとーに書くと、大変まずいことになりかねないのだ。 毎時間毎時間、黒板を消し、チョークの粉で真っ白になった黒板消しをきれいにするのはさりげなく、いや、結構、めんどくさかったし。 しかもちゃんと一緒に仕事をしてくれるやつと当番ならまだしも男鹿のような、なーんにもやってくれないやつと組んでしまった日は最悪だ。 正直、もうやりたくない。 だから、男鹿にさっさとあくまでもまともな事を例え嘘でもいいから書いてもらう為に、おれの感想は既に記入済みの日誌を差し出した。 「なんでもいいから書いてくれ。 じゃないと本当に帰れないから…」 …真面目に頼んでいるとゆーのに、なのに!こいつはシャーペンを持とうともしてくれない。 「…」 「…なぁ、」 いつもならそろそろしょーがないなぁ阿呆古市め、とか言って行動してくれるのに。 そうすればおれだってしょーがないってなんだよ、とか言って笑い返せるのに。 情けないことだが女々しいおれは泣きそうになって、思わず俯く。 どうしておれを困らすんだ。 困らせて楽しいのか。 あーもー、男鹿のことでぐずぐずする自分がうざい。 そんなことを思ったりしていると頭の上にぽんっと大きな掌が乗っかった。 もちろん俺のじゃない。 男鹿の手だ。 「あー…その、なんだ。 わるかった。 困らすつもりはあんまなかった。」 「…あ、んま、なかったって、なに。」 「言っても拗ねないなら…言う。 けど怒ったりするんだったら言わない。」 おれの頭をやさしくなでる男鹿は、少し罰が悪そうにそう言った。 「ちゃんとし、た、理由なんかあるのか。」 「あるっちゃ、ある。」 「…なら言え。」 したら急に頭から手が離れて、代わりにぎゅうっと抱きしめられたのと同時に男鹿の口が耳につけられ、頭が真っ白になる。 「…お前が言えって言ったんだからな。 あれは、困らせるために書かなかったんじゃなくて、た、だ、最近なかなか二人っきりになれることってなかっただろう。 ベル坊とか乳女とかアランドロンのおっさんとかに邪魔されてばっかだったし…。 だから今くらいは古市も許してくれるかなーと思ったんだこの阿呆。」 そ、んな話は、聞いてない…! 「なんだよ…それ、だったら、そう、最初っから言えよぉ…! おれだっ、て、日誌が片付けば、早く男鹿の家に行け、ると、おもって、ひ、っし…だったのに!」 「え、」 「ばかおがぁ!!!」 おれの涙腺は男鹿のことになるとすんごく脆くなるらしい。 涙が止まらないまま叫び、おもいっきり抱き着いてやった。 びくっ、と一瞬肩を揺らした後に今まで以上の力で抱きしめ返されて息が急にくるしくなる。 「く、るし…!」 「古市が悪い。」 「なんで!」 「あんな可愛いこと言うから。」 「、は?」 「…もうだまれ。」 「ぅ…っん!」 体を勢いよく離されたかと思った途端、男鹿にキスされてた。 「ぁ、ふ…んぁ、…は、」 「…」 「お…が、ぁ…」 キスのあと、二人の唇を銀の糸がつないでいるのを見てしまって顔が一気に熱くなるのを感じる。 照れ隠しに頭を目の前の胸につけて小さく呼んだ男鹿の名前は甘く響いて、自分でも驚く。 「…っ! さっさと書いて帰る!」 おれを腕の中に閉じ込めたまま、がりがり音を立てて日誌を書き始める男鹿。 そのままじっとして何分か待ってると音がやんだ。 書き終わったらしい。 身じろぎをしてたずねる。 「終わった?」 「む。 帰るぞ古市。」 「…うん。」 椅子から立ち上がった所で手を握られ、びっくりして顔を上げると、おれと同じように真っ赤な顔をした男鹿がいた。 「なに見てんの。」 「男鹿の顔が…めずらしく、赤いなと思って。」 「うるせー。 今かなり我慢してんだよ。」 「!」 そう言ったっきり、おれの歩くペースとかなーんも考えないでずんずか手を引っ張って職員室へ向かう。 途中で足がもつれたときは本当に倒れるかと思って焦ったー! まぁ男鹿が受けとめてくれたんだけどさあ! 職員室前のボックスに日誌を投げ込み、急いで靴を履きかえて、さっきより引きずられてる感満々に男鹿の家へ向かう。 玄関へ足を踏み入れた瞬間、ドアに背中を叩き付けられて、覆いかぶさってきた男鹿に噛み付くようなキスを仕掛けられる。 「っは…ふ、はぁ…んっ、」 「ん…たかゆき…」 普段は下の名前で呼んでくれないのに、こんなときだけ呼ぶなんで…ずるい。 「あ、…た…っみ…」 「っ!」 死ぬほど恥ずかしいけど、呼んでみちゃったり。 言ったあと恥ずかしい…! ごくり、男鹿が唾を飲み込む音が聞こえて、どうせ恥ずかしいなら、 「す、き…」 絶対言わなかった言葉を言ってあげてもいいかなって。 したら、まるで返事だとばかりに、またさっきとは違った深い深い、おれの思考をすべて奪い去るような、甘いキスをくれる。 そんな男鹿がなんだか余計に愛しくなって、頬を両手で包み、少し背伸びをしながら、今度はおれからキスを贈った。 |