捧げ物 | ナノ


※3Z設定

 ぶぃぃぃぃん……
 騒々しい音が放課後の教室を飛び出し、廊下にまで響き渡る。煩いことこの上ない。しかし、黒板消しを綺麗にするにはこの機械を使うか、もしくは窓の外で叩く(制服にチョークの粉が付くリスクを負う)しかない。日直清掃なんてただでさえ面倒なのに、服まで汚れるなんてまっぴら御免こうむる。神楽は、はあ、とため息をついた。こんなもの、さっさと終わらせて早く帰ってしまいたい。

「チャイナァ。黒板は終わったかィ?」
 神楽が黒板消しを元の位置へ戻していると、後ろから同じく日直の沖田が訊ねかけてきた。
「うん。そっちは?」
「まぁこんなもんでいいだろぃ。早く帰ろうぜ」
「分かった。ちょっと待っててヨ」
 たたっ、と窓際の自分の席に駆け寄り、鞄を取る。その時、神楽の視界の端で何かが煌めいた。そのまま沖田の方へ戻ろうとしていた足が、ふと止まる。
 突然ピタリと動きを止めた神楽の様子に、沖田は眉を寄せた。
「どうしたんでぃ」
「……」
 神楽は沖田の問いには答えずに、まるでそこに見えない何かがあるかのように、ある一点を凝視したままゆっくりと後退りする。そして窓からの光とそれによって出来る影の境目で、はっ、と動きを止めた。神楽の眼鏡に光が反射して、キラリと光った。
「来て、すごく綺麗ネ……」
 そっと手招きをして、沖田を呼ぶ。
 神楽が見た煌めきは、眼鏡のレンズに光が反射して出来たものだった。それは七色に分かれ、まるで自分だけの小さな虹を手に入れたよう。
「一体何だっていうんでぃ」
 机の間を縫って近付いてきた沖田の声は、内心面倒くさいと思っていることがにじみ出たものだったが、神楽は気にも留めず多少興奮気味に答える。
「ここに、ちっちゃい虹みたいなのが出来てるアル。見えるカ?」
 神楽は自分の眼鏡の端を指差して説明するが、こういうものは角度が重要であって、沖田がどれだけ目を凝らしてもその“虹”とやらは見えない。
「……悪ィ、俺にはよく分かんねぇや」
「よく見るネ。ほら、こうやって……」
 神楽は尚も続けるが、沖田はその声を遮って言った。
「俺ァ、お前の瞳の方がよっぽど綺麗だと思うがねィ」
 神楽が、は?とでも言いそうな顔をして、沖田を見る。神楽が聞き間違えかと自分の耳を疑ったのも致し方ない。何しろ普段の沖田がそんなセリフを口にすることなどほぼ確実にありえないのだから。だが今日は一体どういう風の吹き回しか、沖田は平然とした顔でもう一度こう告げたのだった。
「だから、お前の瞳、キラキラしたり深い色になったり、すげぇ綺麗だって、そう言ってるんでぃ」
 その一言で小さな虹のことなんて神楽の頭からすっぽり抜け落ちた。
「……ふん、なぁにバカップルみたいなこと言ってるアルか」
 恥ずかしいやら嬉しいやら一度に色々な感情に襲われた神楽だったが、それを悟られるのは癪だったので、ふい、と顔を背け、そのままドアに向かって早足で歩き始めた。途中で机のひとつに鞄をぶつけてしまい、がたりと音がなる。先ほど丁寧に並べなおしたばかりの机がずれてしまったが、神楽は歪んだ机もそのままにドアに向かっていく。ばっかじゃねえの、突然何ヨ、あいつ!と心の中で悪態を吐いてみてもうっすらと頬が上気していくのは止められそうにもなかった。あんな奴の言葉でこんな風になってしまうなんて。悔しい。なんだかんだいつも自分ばかりが振り回されている。
 そんな神楽の反応を後ろから眺め、沖田は楽しそうにニヤリと笑った。そしてからかうような声音で神楽の背中に向かって追い打ちをかけた。
「本当は嬉しいんだろィ?照れてんじゃねぇや」
 神楽がドアの手前でピタリと足を止めた。
「うっさい。照れてなんかないネ!私、だって……」
 最初は威勢の良かった声が段々と萎んでいく。前を向いたままで告げられた言葉の後半は、沖田の位置に届くまでに消えてしまった。
「うん?何だって?よく聞こえねぇや」
 ばっ、と音がしそうな程勢いよく振り向いた神楽は、拗ねたような怒ったような顔ですうっと息を吸い込み、一気にまくし立てた。

「私だってなぁ!おまえの深い赤の目、綺麗だって……宝石なんかよりずっと好きだって思うっつてんだヨ!バーカ!!」

 そして言うだけ言うと、再びさっと向きを変えて廊下を走り去っていってしまった。

 ぽつんと独り教室に残された沖田は、ぱちくりと目を瞬かせ、それから後ろ頭を掻いた。思ってもみなかった反撃だった。やられた。少し速くなった心臓の鼓動が聞こえた。
「何でぃ。なんだかんだで、あいつが一番バカップルみてえなこと言ってんじゃねーか……」
 照れ隠しのようにぽつりと呟いた言葉は、誰に拾われることもなく、そのまま宙に消えていった。




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涙風さんへ1000hitリクエスト「沖神で3Zバカップル」
title:ことばあそび
20150925加筆修正