短編 | ナノ


※学パロ

もうすぐ夏が来る。ほんの少し前まで柔らかい若葉で溢れていた通学路は、今はもう青々とした立派な緑で覆われている。

この国独特の湿気を多く含んだ風が吹いた。
天気予報は午後から雨だったが、授業が終わった今もまだ、天気は持ちこたえている。とはいえ、いつなんどき降りだしてもおかしくない雲行きだ。しかも土方は、今日に限って傘を持ってくるのを忘れてしまった。
そんな訳で、校門を出た土方は、足早に駅への道を急いでいた。
土方の通う学校は、最寄り駅から遠い。早足でも20分弱かかる。

湿った匂いが土方の鼻腔をくすぐる。
ポツリ
頬に何かが当たる感覚がした。手で触ってみると、水だった。ついに空が雨粒を抱えきれなくなったようだ。
溢れ出したが最後、雨は、あっという間に土砂降りへと変貌した。まさにバケツをひっくり返したような雨。土方の制服はもうずぶ濡れだ。
仕方なく土方は、近くにあった家の軒下へ駆け込んだ。靴の中には水が入り、歩く度に音を立てるし、鞄もびしょ濡れで中身の保証はない。その上濡れたカッターシャツが身体にベッタリ貼り付いて、気持ち悪いことこの上ない。
「あー…最悪」
鞄を探り(中身は無事だった)、辛うじて持っていたスポーツタオルで髪を拭いた。


「あの…、傘…ないんですか?」

突然聞こえた声に顔を上げれば、そこに立っていたのはクラスメートの少女、沖田ミツバ。
「まあ…見ての通り」
「もし良かったら、傘、使います?私、折り畳み傘も持ってますし」
少し首を傾げて問うてくる姿は、学年一の美人と噂されるだけあって、かなり可愛い。土方はミツバを直視出来ずに、視線をさ迷わせた。
「いや、それは悪ィし…。こんぐらい、ちょっと雨宿りしてたら止むだろ」
「あら、今朝の天気予報見てなかったんですか?今日の雨は、一旦降りだしたら2,3時間は降り止まないそうですよ」
ミツバは土方の近くに来て、持っていた傘を差し出す。
「遠慮しないで使って下さい」
笑顔でそう言われれば、土方も受け取らない訳にはいかない。柄がちょっと女の子っぽいとかは、この際気にしないことにする。
ミツバは折り畳み傘を探して、ごそごそと鞄を漁っている。
「あれ…?」
「どうした?」
「折り畳み傘…忘れちゃったみたいです」
「…マジでか」
ミツバは困ったような、申し訳ないような顔で土方を見上げた。しかし、今更その傘を返して欲しいなんて自分勝手なことは言えない。じゃあどうすれば…
「あ、じゃあ、やっぱこの傘返すわ。お前はこれ差して帰れよ」
「そ、それは駄目です!ここから駅までまだ遠いし…風邪を引いたりしたら大変です」

「…そんなら、…2人で使うか?」

「え?」
ミツバは目をぱちくりとさせた。
だが、言った本人の土方が一番慌てている。ふとした出来心で思い付いたことが、ぽろりと口から出てしまったのだ。
「い、いや、すまねぇ。変なこと言っちまって。今のは忘れて…」
「私は…構いませんよ」
土方が慌てて取り消そうとすると、小さな声でそう返ってきた。下を向いたミツバの表情は、土方からは伺えない。
「あ…いいのか?それで」
「私は構わないです」
今度は、ちゃんと見上げて言う。その頬はほんのりと朱に染まっている。
「…じゃあ…行くか?」
「はい」
恥ずかしいのか、ミツバは、はにかんだような笑顔で答えた。
(これが無意識なんだから、コイツも罪な奴だよな)

パシャ パシャ
雨の中に2人分の足音が生まれた。
土方の心に淡い淡い感情が生まれたのもまたこの時であることを、彼はまだ、知らない。



甘い甘い




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title:はちみつトースト
土ミツ誕生日企画。
せっかくの誕生日企画なので甘めを目指したつもり。
土方は自分で気付いていないものの、実はこの時点では既にミツバさんを意識していたり(笑)