短編 | ナノ
片思いの何が辛いって、相手の悪気ない言動で結構傷付いたりすることがあるってとこ。しかも、相手にはどうして傷付いたかなんて絶対に話せやしない。だからその人は、また何の悪気もなく同じことを繰り返して、そして一方的に俺だけが傷付く。
誰が悪いわけでもない、無限のループを断ち切るだけの勇気は、俺にはまだない。
心恋ふ
ほら、また。
真選組の紅一点(なんて言ってるのを彼女に聞かれたら斬り殺されそうだけど)である沖田さんが笑うことはあまり多くない。隊士達の前なんかだと特に。無表情というわけではないのだけれど、ずっとしかめっ面か、腹黒い笑みしかこぼさない。 だけど、今みたいに昔馴染みである近藤さんや土方さんなんかといる時は比較的よく笑う。沖田さん自身の、本物の笑顔を見せる。
じゃあ肝心の俺に対してはどうかって聞かれると、正直どこのラインにいるのかよく分からない。極たまに笑ってくれるから、他の隊士よりは沖田さんに近い所にいるんだろうけど、近藤さん達みたいに彼女に最も近い位置の人達とはまだまだ距離が開いている。 近付きたい。でも、容易には近付けない。俺と彼らの間に確実に引かれたライン。飛び越えるにはまだ、経験値もHPも足りない。 そんな関係。
ぽつりぽつりと雲が浮かぶ空を見上げ、ふっとため息をついた。 俺って女々しい?それとも、ヘタレ?
と、その時、一人の隊士が沖田さん達の方へ駆けていき、叫んだ。 「報告です!見回りの隊士二名が船岡屋付近で攘夷浪士と思われる集団と遭遇、戦闘中です。敵は二十名程。至急応援をお願いします!」 ピリッとその場の空気が緊張する。途端、土方さんは副長の顔つきに変わり、てきぱきと指示を出す。 「船岡屋ならここから近い…総司、お前行けるな?使えそうな隊士何人かかき集めて行け。それから…」 さっと振り返った土方さんは俺を見据えた。 「永倉!」 「は、はいっ!」 「お前も総司と行ってこい」 「はい!」 返事をするなり、既に隊士を集め、門に向かっている沖田さんの背中を追いかけた。
沖田さんは門を出る手前でピタリと足を止め、厳しい顔つきで俺を睨んだ。好きな人ではあるけれど、怖いと思った。思わず足がすくむ。 「永倉、前みたいになるんじゃないよ」 「はい」 あぁ、だから睨まれたのか。 前、…つまり俺の初陣。俺は斬れなかった。それどころか、恐怖に立ちすくみ、沖田さんがいなければ殺されているところだった。 人を斬り殺す自信はまだないけれど、前のように何も出来ないなんてことはもうない。 「いい目してるじゃないの」 ふ。 ほんの一瞬、沖田さんは顔を緩めた。 「行くよ!」 すぐにいつもの顔に戻ってそう言ったけれど、今のは見間違いじゃない。
ほんの少しだけでも、彼女に近付けたと思っていいんだろうか。
―――――――――――― 「恋風」様に提出。 「心恋ふ」は「ウラコウ」と読みます。 まだ真選組結成後、間もない時期の沖田と永倉。
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