短編 | ナノ


手前味噌だが、昔から学問も剣術もよくできる方だった。しかし、音楽だけはからっきしだった。その点、幼なじみの高杉は学問剣術に加え音楽の才もあり、よくからかわれたものだ。悔しいことに、銀時と比べても自分は若干音楽の才に欠けているようであったため、何も言い返す事が出来なかった。
その高杉があの頃持ち歩いていた楽器がオカリナというものだった。詳しくは知らないが、先生が友人から貰ったものを、私では綺麗に吹いてあげられないので代わりに吹いてあげて下さい、と高杉に譲ったのだという。
オカリナという楽器は見た目以上に吹くのが難しかったらしく、高杉も苦戦していたが、流石というべきか、2ヶ月もすると高音から低音まで独特の穏やかで優しい音色を出せるようになっていた。
高杉はオカリナが吹けるようになると、度々先生の傍らでそれを吹いた。オカリナの音色は空を駆け、そのまま空へ吸い込まれていった。自分や銀時もその隣で耳を傾けることが多かったが、言葉では言い表し難い、何とも穏やかな気持ちになった。例えるなら、春の柔らかな日差しの下で日向ぼっこしている時のような、いやむしろ、先生そのもののような。
自分も銀時もそして高杉も、あの時間が好きだった。先生が微笑んで、優しいオカリナが響く、あの時間が言い様もない程、好きだった。


桂は回想を止め、目の前の高杉を見た。今その手にあるのは、オカリナではなく三味線だ。先生が亡くなってから、高杉がオカリナを吹くことは一切なくなった。その心中は想像に難くない。
昔のことを思い出していたせいか、もう一度、あの優しい音色を聞きたいと思った。殺伐としたこの戦場の只中で、あの音色は失いゆくものを留めてくれる気がした。行き場のない怒りと哀しみと虚しさの終着点になり得る気がした。

「高杉、」
桂が呼びかけると、高杉は三味線を弾いていた手を止め、何だ、と目で問いかけてきた。
「もう吹かないのか?」
何が、とは言わなくても分かったようだ。すっと目を細め、遠くを見るような表情をした後、一語一語確かめるようにゆっくりと話し出した。
「…あれは、先生そのものだった。…だが…、俺にゃァもう、アイツを、…先生にしてやることは出来ねェんだ」
どこか寂しげな響きを残し、高杉はそれ以上何も言わなかった。桂にも高杉の言わんとすることは何となく感じ取れた。
しばらく後、高杉は再び三味線を弾き始めた。その音は、夜の闇へと吸い込まれていった。

後日、桂が高杉が使っている部屋の掃除していると、重ねられた書物の隙間から、たまたま例のオカリナを見つけた。オカリナにはひびが入っていた。そっと口に当て吹いてみると、桂の吹き方のせいなのか、それともオカリナのひびのせいなのかは分からないが、掠れた音が出た。幼い頃の記憶に残っている優しい音色とは程遠い、壊れた音色だった。
ああ、これは本当に先生だったのだな、と桂は妙に納得した。
外でまだ冷たい風が吹く音が聞こえてきた。春の息吹を感じられるようになるのは、まだもう少し先になるだろう。
桂はそっとオカリナを書物の隙間に戻し、掃除を再開した。





クジュソウはずっと見ていた





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「僕等の戦争」様へ提出。