短編 | ナノ
布団に潜って、先程までの出来事を思い返す。
夕食だと呼ばれて、障子を開ければ、パーン!!という派手な音が響いた。あまりにも急だったので、何が起こったのか分からずに目をパチパチさせていると、家に帰ったはずのヅラと高杉が、手にクラッカーを持って、ひょっこりと顔を出した。先生も同じ物を持ち、向こうでニコニコとしている。そうか、さっきの音はクラッカーの音か。
「銀時、誕生日おめでとう!」
ヅラと高杉、それに先生が声を揃えた。 が、まだ状況がよく分からない。誕生日?自分の誕生日は今日ではない。というか、自分の生まれた日なんて、知らなかった。 そんな自分の様子に気付いたのか、先生は微笑んだ。 「覚えていますか?今日はね、銀時がここにやってきた日なんですよ。私と銀時が出会った日でもあります。だから、今日を銀時の誕生日ということにしましょう」 先生は、ね、とでも言うように首をかしげた。 それに続いて高杉も声をあげる。 「俺達と初めて会ったのも一年前の今日だぜ」 なあ、と高杉に同意を求められたヅラが大きく頷く。 「最初に見た時は、その…まあ、少し驚いたがな」 しかし今は大切な友人だ、と手を差し出してきた。 「ほら、銀時。先生がご馳走を用意してくださったんだ。一緒に食べよう」 まだ戸惑いは残っていたが、そろりと差し出された手を取ると、三人共嬉しそうに笑った。
「生まれてきてくれてありがとう、銀時」
生まれて初めて言われた言葉に、鼻の奥がツンとした。自分は生まれてきて良かったのだ。自分を必要としてくれる人が、今、ちゃんとここに居る。
「…ありがとう」
心からそう思えた。
* * *
朝起きて廊下を歩いていると、辰馬とすれ違った。 「おぉ、銀時じゃなかが!誕生日おめでとう!」 「あぁ…さんきゅ」 そういえば今日だったか、と思ってから、こいつにしては珍しく名前を間違えなかったな、と思った。それから、何故辰馬がその事を知っているのだろう、という疑問が湧いてきた。それを訊ねると、辰馬は笑って言った。 「ヅラと高杉が言うとった。なんでも、今夜酒宴をするんだと」 「…へえ」 あの二人がそんな事を計画していたとは、と正直驚いた。しかし、この戦の最中に酒など用意できるのだろうか。ただでさえ、金の遣り繰りには相当苦労しているようだったのに。 そんなことを考えていると、辰馬がぽんぽん、と肩を叩いてきた。 「年に一度の誕生日。あんま難しいこと考えんと、気楽に楽しめばいいんじゃ。ヅラと高杉もそれを望んどるんじゃなかろうか?」 もちろん、わしもそう望んどるぜよ、と小声で付け加えた後、辰馬は豪快な笑い声と共に歩き去っていった。つくづく騒がしい奴である。しかし、それで心のしこりが除かれたのも事実であった。 「俺はきっと、いい仲間に出会ったんだろうな」 誰に言うとでもなく、呟いてみた。口に出すと、しみじみと実感できた。心の真ん中がほっこりと温かくなる。きっと、こういうのを“幸せ”というのだろう。自然と顔がほころんでいくのが、自分でも分かった。 こんな気分になれるのなんて、随分久しぶりだ。
* * *
新八に買い物を頼まれた。買い物はお前の仕事だろ、と言うと、今度は神楽までもが、たまには銀ちゃんが買い物してくるヨロシ、なんて言い出した。それ以上文句を言うと神楽に蹴りをくらわせられそうな雰囲気だったため、銀時はしぶしぶ買い物を引き受けたのだった。 そんなこんなで気の進まないまま万事屋を出てきたものの、買い物リストには、結構な量の食材が書き込まれている。新八のクセに人使いが荒い。新八のクセに。大事なことだから二回言った。
ようやく買い物を終えて、大量のビニル袋を抱えながら大江戸スーパーを出ると、沖田くんに出くわした。沖田くんはひらっと手を振り、近付いてきた。 「そんなに袋抱えて何やってんですか、旦那ァ」 「見たまんま。買い物だよ、買い物」 「へぇ、ついに旦那もガキ共にこき使われるようになっちまったんですかィ?情けねぇなぁ」 「うっせーよ!今日だけは仕方なく頼まれてやってるだけだっつーの」 そう、今日だけだ。今日だけ。 ふーんと納得してなさげな沖田くんは、しかしこのことに関してそれ以上何も言うことはなかった。何を言うでもなく通りを行く人々を眺めている沖田くんに、用が無いなら俺は帰るぞ、と口を開きかけたところで、意味ありげに名前を呼ばれた。 「…旦那ァ」 「?…何だよ?」 「さっき、チャイナがそこの店でケーキ受け取ってやしたぜぃ。今日は何かあるんですかィ?」 「は?何もな……あぁ、そういうことか」 新八が珍しく買い物を頼んだ訳がようやく分かった。つまりはあれか。俺を驚かせようとか、そういうことか。 「んじゃあ、もうちょっと寄り道して帰ってやるか」 独り言のように呟き、一応沖田くんに礼を言っておいた。すると、旦那も案外鈍いですねィ、何てぬかして笑いやがる。コイツ、最初から分かっていやがったのか。何にしろ、これで沖田くんには一つ借りが出来たわけである。 とりあえず、パチンコでも行くか、と沖田くんに背を向けようとすると、何かがひゅっ、と飛んできた。咄嗟に受け止めると、それは高級感漂う箱入りチョコレート。 「旦那には色々お世話になったんで、それ、俺達からの気持ちでさァ。受け取って下せぇ」 俺達とは、真選組のことだろう。律儀なもんである。正直あいつらからプレゼントなんて信じがたいし気味が悪いとも思うが、少し、ほんの少し嬉しかったのも本当だ。 「旦那、誕生日おめでとうごぜェやす」 沖田くんはニッと笑ってそう言った。だから、俺も笑って言ってやった。 「ありがとよ」
光輝く瞬間、
少し日も傾きだした頃に万事屋に戻ると、新八と神楽、それからお妙の笑顔に迎えられた。 それは一瞬、遠い日の記憶に重なった。
―――――――――――― 2009銀時誕生日記念 title:ことばあそび
20150925加筆修正
|