救いを求めるように見回した世界には、君の姿はもうなくて。


思えばスミレは昔から遠くばかり見ていた。遠く遠くを目指すキャモメの様に誰よりも遠くを見つめていた。似合わない着物を着て、まるで演じるかのような口調。本当は誰よりも古き町に閉じ込められているのを嫌っていて甘んじてここにいた。しかし分家であっても僕と同じような事が出来る彼女は出られない。

「マツバ、聞いてよ」
「どうしたんだい。そんな風に嬉しそうに」
「ちょっと待ってて」

子供のころにしか見たことのない笑顔で何だろうとこちらまで嬉しく思うが、どこかに不安があった。千里眼で見た未来の中で彼女が巫女の人達や色んな人たちに追われている未来を見たのはそれから暫くの事だ。しかし彼女はつらそうだったが楽しそうにこのエンジュから出て行ってしまった。

今、この時なら止める事が出来たのかもしれない。あんな風に重たそうなケースを持って人から隠れてエンジュから出て行った彼女を。

スミレは下駄をきっちりと脱いで庭から畳の上までやってくる。耳打ちをされたその言葉に驚いた。彼女の方を見ると恥ずかしそうに、悪戯っ子の様にも笑っている。まさかと思わず頭を抱えそうになった。

「あのね、私はミナキが好きなの。昔から」
「…嘘だろう?」
「馬鹿じゃないの今までこの私がマツバに対して嘘なんて吐いたことなかったでしょ」
「ああそうだけども。けれどもあのミナキを好きになるなんて…昔からの仲だぞアイツは」
「昔から好きだったと言ったじゃない」

何でスミレはミナキを好きになったのか頭を抱えたくなる衝動を抑えて考える。年がら年中スイクンを追いかけている様な男が何処が良いんだ。昔からの仲だと言うが僕の方がずっと長く一緒にいた。それに、僕の方が好きだ。スミレはそんなの知らないだろうけど。

「…衝撃的だ」
「それと、あと数か月もしたら私はエンジュを出ていくわ」

更に衝撃的な言葉が飛び出してきた。まさか、許すはずがない。『もちろん許してもらえなかったから、旅行だって言ったら渋々だったけど許してくれたの。私今とっても幸せ、水気を合法的に追いかけることもできてこの街から出ていくこともできるの。とっても幸せだわ
カントー地方にも言ってみたいのだけれど、船のチケットがうまく取れるかが問題でね。それといかり饅頭も食べたいの。ラジオ塔も行ってみたいし、もうたくさんしなきゃらない事で頭がオーバーヒートしそうなくらい。相棒のユキメノコを連れて行っていろんな人と戦ってみるの。ものすごく楽しそうじゃない?』って腕を大きく広げながら未来を語る。

ゲンガーみたいに白い歯をこちらに見せて本当に楽しそうに笑う。ああ、色々と一気に濁流の様に僕に傾れ込んできて彼女の言うとおり僕もオーバーヒートしそうだ。

「そ、うか。良かったじゃないか」

声の調子を整える。心臓が口から出そうなほどに暴れている。

「マツバならきっと喜んでくれると思った」

自宅に戻って用事を済ませるために下駄をはいて着物の袖を振り回して走り出した。からんころん、やけに響く音が頭の中で反響する。キャモメみたいに何処へだろうとぼんやりと思った。

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