朧気な記憶

低下していく体温

対して増していくのは、焦るようなざわめく鼓動



いまのようなまるで時雨のように振り落つ葉が、しんしんと降り積もる夜の雪だったら

白ばかりの視界に

付いたばかりの己の罪が、また惜しみなく上書きされていくのだろうに…






「左之、新八」



名前の声に、先客二人が反応を見せた

すぐにこちらをふりかえった二人に思わず息を呑む

まるで、いまやっと息を吐いたような…
どこか儚げで、哀愁を帯びているそんな彼らの表情を、名前は初めて目にした

彼らの息も、名前の息も、すべてが白に還っていく



「…ああ、そろそろか」


左之と新八は
門の前で並んで、月を見ていた。


「今日は、満月だな…」
「うん」


近づき隣に移動してきた名前の肩に、左之は手を置いた
しばらく二人はそのままだったが、ふと左之は名前の顔を覗き込む


「こういう日くらい、弱いところ見せてくれてもかまわないんだぜ?」
「私は、大丈夫」


一言、彼にそう呟いて名前はただ真っ暗な空を眺める

冷たい外気に晒された頬はきっと赤く、瞳からは渇きからの涙が溢れ出るのだ
立ち上る吐息も何れその外気に溶けていくのであろう

そんな横顔をいまだ左之は名前をじっと見つめていた



「…左之、お前こそこんな日にまで名前ちゃんのこと口説いてんなよな」


いままで黙って門にもたれていた新八が、口を開いた


「馬鹿言うな新八、俺はそんなつもりじゃねえよ」
「どうだかな」
「まあ、左之の口からこんなこと聞くのは珍しくないものね」
「おいおい名前まで何言いやがる、心外だな。それに今のは軽い気持ちで言ってるわけじゃねぇって意味で言ったんだよ」



まだ何かを言う左之を尻目に、新八は名前に向けて苦い笑みを零した

それがいつも左之が名前に言うそれとはまた違うことは
彼女も分かっていた


「普段うるせぇ俺だって、こういう日くらいは、な」
「お前がこうやって思いふける姿はそうそう見れねぇな」
「そういう左之もね」
「おいおいひでーな」



そんな穏やかな会話も、いまの彼女たちには十分すぎる幸せ
“ここ”に属している限り

いつ死ぬか分からない身であるのだから







「てめぇら、準備はいいか」
「…土方さん」


副長である土方が、斎藤とともに屯所からでてきた

________それが合図だ。

幹部、それに幹部以外の隊士たちが立ち上がり、土方の前に並んでいく
斎藤は、彼が崇拝する副長の隣で敵の状況を細かく伝えていく


「……」


名前は、ただ流れるような人の動きを
その瞳に写すばかりだった










「…大丈夫か」
「…あ、うん」


いつの間にか、隣には斎藤がいる
そして目の前には土方、左之、新八の姿が見える

うしろには、聞きなれた自分の部下も隊士たちの足音


「すまない」
「…ううん」


聞き返さずとも、斎藤の言わんとすることが分かってしまった
なんとも愚かで滑稽なことか



「説得、しきれなかった」
「うん…はじめは、悪くない」
「名前」
「悪いのは…」



不意に、落としてしまった視線が捕らえたのは
前を歩くその人の通った足跡

一心不乱に、己が信じた人のために這い上がり
鬼になることを決め込んだ一人の武士の生き様



「……誰も」



それはみんな同じはずだ
ここに集まった男たちは皆…

信じた者のために、剣を握っている

大切だと思う者のために、命を削っている



「……平助も、今ごろどこかでこの月を見ているんだろうね」

「……」



空を見た

もう目指すものが違う彼と、唯一繋がったままの自由な空を

そして
土方の、いつもよりも寂しそうな背中を目に焼き付けた









「………」


こんなときは、監察方である自分が憎らしくてたまらなかった

振り返らずとも、声を聞かずとも
気配で、君だと分かってしまうんだ



「…平、」

「おい藤堂!」



彼のところへ駆け寄ろうとするが、後ろから別の声が聞こえた

おそらく伊東の手の者だろう
それは、平助の表情から悠に読み取れた

今となっては
誰であったとしても、自分と彼との時間を割く人物に彼女は憎悪を抱くことだろう




「……!お前は…」

「名前、」

「新選組か!」




名前の姿を捉えるなり、御陵衛士たちは一斉に刀を抜き取る。
だけれど、それよりも素早い動きを見せたのは

腰元の刀に添えられた彼女の手のほうで。


いつきても構わないという風に、姿勢を低くした彼女に
刀を構えた衛士たちは、怯んだようにじっと見つめた

衛士の中には、平助と同じように伊東により引き抜かれた元新選組隊士もいる


両者が引かない状態が続いていたのだが
そんな彼女らに、甲高い悲鳴が聞こえた。




「いまのは……、」

「伊東、先生か……!」

「…ちっ………、藤堂!後は頼んだぞ!」





御陵衛士たちは、刀を抜いたままで
悲鳴の方へ走り出した。

もと新選組だった奴らは、この状況の対処に困っていたようで
駆け出した仲間たちと藤堂と、名前を交互に見やった。





「…お前らも、いけ。」

「!藤堂さん…」

「いーから。……行けっていってんだろ!!!」





声を荒げた藤堂に、隊士たちは一瞬びくついたが
それからは意を決したように軽く頭を腰から下げて、その場から立ち去る。

その中には、名前の知る者もなんにかいた。






*
*







「月…綺麗だな」

「…うん」

「見たか?」

「うん」

「左之さんや新ぱっつぁんは、元気か?」

「うん」

「相変わらず、島原通い?」

「うん」



そこからは、自然だった
お互いに形振り構わなかった

残された二人は
惜しむように、抱擁を交わす。




平助の──左之たちほどではないが──逞しい男の腕が名前の背中に添えられた
応えるように、彼女も彼の背に己の手を添える



「…前、見かけたんだ。二人が、島原に入っていくところ」

「うん。その日は珍しく私を誘ってきたよ」

「ったく、女の子に声掛けるなんざあり得ねえよなあの二人」

「うん、あり得ないね」

「俺も、伊東さんの部下と島原に用があって…。二人を見かけて、すぐにでも──」

「うん」

「声、かけようとしたんだぜ?でも、無理だった…駄目だった……出来なかった…」

「うん」

「足が竦んでさ、らしくねぇけど……あの二人に黙って来たから…」

「うん」

「声、駆けらんなくて…」

「………」

「嫌われたくねぇ、…ただそう、それだけを思ってた」



腕の中の彼の呼吸が、だんだんと荒くなっていく
背中に回る腕が、だんだんと力無いものになっていく







「うん」

「…名前」

「うん」

「…久しぶり、名前」





今日が、満月ではなく

ましてや、こんな更地でなければ…




「…平助」




月明かりが




「…一緒に帰ろう…」

「……」

「……帰るって言ってよっ……!」





お互いの姿を、顔を

照らすなんてことは…────。





「…あぁ、俺…」

「…平助……」

「また、お前のこと……」

「…へ、すけっ……」

「泣かせちまったんだな……」




頬の渇いた涙の跡を
君に知られることを恐れる必要もなかったであろうに。





「俺、最近…お前の泣き顔しか見てねぇ気がする…」

「だったら…!」





だったら今すぐに、この手を取って。


そんなことばかり言ってないで

どこか

どこか遠くへ
わたしを連れて行ってくれたっていいじゃない。









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