「おい」





西国の鬼の屋敷で
彼女が行きそうな部屋すべてに声をかけたが
彼女の気配は絶たれていた。




「おい」





もう一度、だが
先ほど同様に




「……今度は、一体どこへ行った…」





返ってくるのは木霊した自分の声ばかりで
一番聞きたかった声音を聞くことはできないままだった。











心当たりが無かったわけではなかった。


彼女の行き先も

彼女が、屋敷をこうして抜け出す理由も


分かってはいたのに
やらなかった自分は、彼女に甘えているから。



鬼、しかも女鬼

おまけに純潔の。


彼と彼女の結納は
彼の一族と、彼女の一族の橋渡し目的のため。


それを解っていて、自分の下へやってきた
強くもあり弱くもある“女鬼”に。

一言、彼女が望む言葉をかけてあげていたら済む話だったんだ。







心当たり、とやらに足を進めて求めていた姿を見つける。
だが、少し高ぶる鼓動とは裏腹にやっとみつけた彼女は完全に夢の中。






『風間様…?』


かってに自分で拗ねて、


『なんでも、ないです…』


何の前触れも無くいつものごとく飛び出した体で、


『……っ』


よも気持ちよさそうに寝ている。



「……」





自分を突き飛ばしたこの女に
朝、自分にしてきたようにたたき起こしてやろうかと、すぐさま実行しようとするが
寸でのところで思いとどまる。




「……ち、…ま」




眠りながら、吐息に紛れて垣間聞こえる言葉…









「千景、さま……」

「……」




愛しいと思う女が、現に身を委ねながら自分の名前をささやいている。
これを聞かないという手は無いだろう。


風間はそのまま、気持ちよさそうに眠る彼女の隣に腰を下ろした。





「ち、かげ…さ、」





彼女が己の着物の袖をつかむ。
指先で、だがしかっりと。

それだけなのに、触れるか触れないかというくらいのそれが敏感に自分の肌を刺激する。


、よほど自分は気を張っていたようだ。
僅かに聞こえる呼吸の音がどこか心地よい。







西国の鬼、そして頭領
一族の存続を一心に背負い、そのためならば手段すら選ばない。

そんな生き方だった彼は
いつの間にか、他人を蔑すみ、人を寄せ付けなくなっていた。

寂しくなんて無い。
孤独が嫌いなわけでもない。

だが、やっと見つけた
己が生きていく道に、いてほしいと思う彼女は、失いたくない。


繋ぎ止めたい。




風間は
思うがままに、手を伸ばす。











「……風間様…?」



そして、愛しい人が目を開けたとき
彼の手が彼女の頬に触れたときだ。




「千景だ、…」

「え……?」




手を滑らせて、今度は手の甲で頬にふれた。
まだ寝ぼけた様子の彼女は、目の前の彼から目を逸らすことなく
されるがままに彼の動きをかんじていた。




「千景と呼べと、いったはずだが?」

「……、」

「先ほどは名で呼んでいたのにな」

「え、いつのことですか…」

「さっきと言っただろう」





少し、自惚れてもいいはずだ。

少しづつではあるが

頬をほんのりと桜色に染めて、まっすぐな瞳で自分に向き合う彼女は
自分に心を許しつつあると。




彼女や彼が、穏やかに息を吐いていられる。

こんなときくらい、彼女を近くで感じていたい。



彼女が歩み寄ってきてくれていることは確かなはず。








「今度、桜を見に行こう?」

「桜、か?」





寝転がったまま、お互いを向き合った。
儚い笑みでそう囁く彼女は、風間に小さくて細い小指を差し出した。





「………まぁ、」



“いいだろう、”




「…………、」

「…この女、」




寝ている、だと。

彼がそう、悪態ついている間も
隣で寝ている彼女は瞼を閉ざし、数秒もたたないうちに安定した呼吸を繰り返し始めた。


彼の大きな手のひらは、愛おしげに彼女の頭を撫でている。

穏やかな時間だけが、ゆったりと過ぎていく。





「まぁ、悪くはないだろう。」




なら、
普段は言えない言葉が、いまなら真っ直ぐに伝えられそうだ。








「…良い夢を。」




名前…、



眠りにより力の抜けて、宙をさ迷う彼女の左手首をつかみ取り


頭に置いてあった手のひらを

今度は彼女の空いた、小指へと絡ませて。









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