「刀を振るえば、誰でも、何かは護れるさ」
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黒髪は、少し癖があった

瞳は、鋭さの中に孤独があった

いつも肝心なところは
心の中に留めて、表に出すことなんてなくて

だから
いつか…


彼、彼らとは

離れるときがくるのだと、いつもどこかで
そんな風に冷めた自分がいた。














あの日以来、
まだ真剣は握っていない。


























「オイ、副長補佐なら補佐らしく始末書の処理くらいしろ」






真選組屯所──与えられた自室前の縁側に座り
見慣れた刀の手入れを施す架生に、声をかけたのは土方だった。






『それが副長補佐の仕事?』

「そうだ」






顔をみて話そうとしない架生に
土方は不機嫌の色を隠さない

そう、もともとこの男は
男所帯の真選組に、女の架生が入隊することを快く思っていないのだ

やはりその眉間には、深くシワが刻まれる







『私に始末書の始末ばっかりおしつけてませんか』






土方が数枚のその用紙を
架生の顔の前で散らした

その文だと、下ろしている片手にもまだあるはずだろう

架生は見向きもしないまま、手元を動かし続けた。




その始末書はもちろん、巡察と称した
沖田の日頃の憂さ晴らし

そして、その根本が
土方への嫌がらせからくるものだろうが。









『始末書、始末するより、始末書の発生源を滅した方が、得策だと思いません?』







刀を鞘にしまい
ぶらぶらさせていた両足を、そのまま中庭へと放り、降り立った

振り返り、土方を見るその顔は
やはり“オンナ”のもの。







『…何なら、私がお手伝いしましょうか。始末書の始末』







土方は、自分が馬鹿にされているのだと
いま軽く認識する。




始末書の始末て…

第一
それができれば、いま苦労しねぇんだっつうの。







片手はポケット
もう片手は己の後頭部をゆっくり掻く

そうして土方は
庭にいる彼女を見た









竹刀を手にしている
すでに用意していたようだ

彼女の手入れが施された刀は、腰に並んでいた















“近藤さん、その刀…”

“あ?あぁ、これか。…目聡いなぁトシは。
これは、あの子のものだ”

“随分と、使い込んでるみてぇーだな
……それより近藤さん、なんでアンタがんなモン持ってやがんだ?” 

“あぁ、これは。俺が架生ちゃんから取り上げたもんだ”

“…取り上げたなら、捨てねぇのか?”

“!!!………そんなことは出来んよ!”

“刃こぼれも多いが、その分きっと、テメェの大事なモン護ってきたはずだ”

“それに、手入れも施されている…
…きっと大事なものなんだ。大切に、しているんだろうよ”








昨晩の近藤との言葉を思い出しながら
土方はそのまま、

彼女の腰の刀を見つめていた。



だか、土方は
己の手が無意識のうちに
自身の腰の刀に添えられているのに、気がついていなかった。


















『……』







“その刀を抜け”

“俺を負かしたその腕で、”

“もう一度、俺に刀を向けてみろ”








架生は、そんな土方の視線に気づいていながらも
決して、その刀に手を添えなかった










“なぁに、それほどの傷が刻まれるほどに
その刀は、架生ちゃんに必要とされているように俺は思った

どんなに刃こぼれしていようが、貫きゃ何かは斬れるし
刀を振るえばきっと誰でも
何かは護れるさ”







ここの大将は、親切にもほどがある。




こんな刃こぼれしまくった生倉刀を

血まみれの私の手から、無理やり奪ったあの人自ら
わざわざ、私に手渡すなんて…









『アンタさぁ、』

「あ?」

『私の何が気に入らないの?』







架生が振り返れば
土方は指の間に白い包みを挟んで

白い息を吐いた








『………』








最初から、この男の
自分に対する敵意は感じていた。



あいつに似た…

反吐がでそうなくらいの
あからさまな対抗心、疑悪感…








『女が、そんなに嫌…?』

「……」








まっすぐ見つめてくるオンナの視線にも言葉にも
土方は何も返さなかった。







答えてやる義理もない

当然、答えても答えなくても
自分が

彼女を認める保証など、どこにもない。






  






「……人を、」







土方は、煙草を地面に落とす

黒い靴にすり潰され、ソレは
奇妙な煙りをたてた。








「刀を血に染めたことは、あるのか?」


“…人を、斬ったことがあるのか?”









『……ふっ、あははっ…』








何を言い出すのかと思えば。
まったく、ここの人達は









『……あるよ』







表情のない顔で
架生がそう言えば、土方はしばらく押し黙る






  何だよ…

  ……煮え切らないな。











『…答えなよ。私だけ答えるだなんて、道理がなってないわ』

「………」

『答えろよ』







そろそろ、架生の顔つきが変わった。

その瞳の鋭さも
ますばかり───…












「オンナは、弱ェ…。」









架生は、手に持つ真剣を地面に放った

木を握りしめる…






「それだけ、だ。」
















刀を捨てたことに
その刀をこの男に向けられなかった今に





ほんの一瞬

後悔した。











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