「……誰が、そんな奴を捜しにきたって?」
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「…何、阿伏兎。俺に言いたいことがあるなら、良いなよ」

「………」







ニッコリ。


そんな擬態語がぴったりな笑みの持ち主は、一度だけ後ろを見やり
灯りの賑わう、何連にも連なる屋敷の屋根から、身軽にも飛び降りる。


先ほど、彼に睨まれた男も
(この際聞かれても状況は変わらない)ハァ、と大きくため息をつき
同様に飛び降りた。








「前から思ってたんだ、阿伏兎。お前の貧乏揺すりは耳障りなんだよね……何、癖なの?」







阿伏兎が、顔にかかる雪を払い前を見たとき、目の前には彼がいた




ハァー…


今まで黙ってついてきた阿伏兎だったが、彼から言われたのだから
ここで言わないという選択肢は、自分にはない。








「……なぁ団長ォ、いい加減帰らねえか?」







着ている物のポケットに、両手を突っ込む
彼の返答を待った

だが、出来れば聞きたくはなかった
無碍な返答ばかりが返ってくるだけだ








「じゃぁ、帰りなよ。」

「…は?」

「そもそも何でいるの?別について来てなんて、俺いってないし」









ニッコリ、

崩そうとしても崩せた試しはないその笑みに
いまでは殺意を超えて、恐怖を覚えていた。




…内心、そう言われるだろうとは思っていたのだ。

自分の上司がこうだということは、十分に熟知しているはずだったのに。






いまだって、こう自分を置いてひとりで“用事”を済ませに

さっさと建物のなかへと入っていってしまった。


まぁ、阿伏兎自身
追いかける気も、はじめからないのだが。






主が返ってくるまで───鼻が隠れるまでマントを引き伸ばして───

腕を組み、そのままその“門”の前に座り込んで
背中を預けた








「……一体、うちのワガママ坊ちゃんは、何を求めてンだか」








閉じていた目を開けて、阿伏兎は凭れたまま己の背を振り返る

一度踏み入れば“契りを交わすまで”二度と羽根が生えることがない

“オンナの生き巣”



───吉原…、











  ……
   …
  ……











大分、冷える

この地球という星は
夜はこうも寒いらしい。




「……ったく、この地球(ホシ)はどうやら俺にはあわねぇみてぇーだ………寒いったらありゃしねぇ」





言葉通りの結果ともいえる、真っ赤な鼻が
自分の顔の中心にある。







「お前の好みは聞いてないよ」







声とともに降ってきた人影
彼──神威の声が、先ほどのものとは違うものだと気づく

どうやら、お求めのものは
いなかったらしい。








「ここじゃ、ねぇんじゃねえのか?」






ここの“島原”…というだけの意味ではなく、
そもそも“地球”でもないのかもしれない

そんな意味を込めての言葉だ。


だが、神威はすぐに否定する。







「いや、ここだよ。……俺がここでみつけたんだから」









いままで巡ってきた場所からしても
その捜し物が人であることは確実だ。

そして、恐れられる己の団長は
あまり人を寄せ付けない



だと、すると…

















「お前さんも隅に置けないなァ、やっぱそうかそうだよなァー。兄貴ともなりゃ、なんだかんだで妹が大事だよなァ」

「………」









肉親なら、上に何の連絡もなく
行動する神威に合点がいく

阿伏兎は、ひとり納得しながら
ピンクサーモンの髪をシニョンでまとめた少女を思い浮かべた。



















「だ、団長…?」










妄想から帰ってきた阿伏兎は
鋭く目を細めて、睨みを利かす神威が目に入る


普段はチャーミングだと思うあのアホ毛でさえも
いまではなんの意味も成さないまま
阿伏兎の方を向いている









「阿伏兎ー。俺、弱い奴は嫌いなんだ」

「……お、おぅ」

「……誰が、そんな奴を捜しにきたって?」

「………」










この男は、やはり


夜兎の血に、忠実に生きている。








雲に覆い尽くされた月で
辺りは何の光もない

門をくぐった向こうは、煌びやかな着物をきたオンナや
灯火で明るく照らされているというのに









こんな壁、一枚で

光を遮ることは簡単だってか。


















「目的はもっと別だ。」

「……」

「もっと強いし、もっと綺麗だよ」








雲の流れで、再び現れた月が
神威の顔を照らし始めた。









「団長の捜してる奴って、吉原に売られたオンナなのかァ?」

「いや、売られたんじゃない。“飼われたんだ”」

「………飼われた?」

「そもそもここに連れてきたのは、他の女たちとは違う目的だ。わかりやすく言えば、雇われの身だよ」

「分かり易くもなんともねえが、ちょ、……お前さんいま、“連れてきたって”言わなかったか?」

「え、気のせいでしょ」










神威が、阿伏兎を振り返る


見せたのはいつもの“笑み”だ













「俺が、必ず」








逃げられないように

鳥籠に閉じ込めて






飛んでいかないように

羽根をもぎ取って。












「手放すはずかないだろ?」














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