屋敷の姫君











「おーい左之さーん!」

「……お、平助じゃねぇか」






藤堂平助が走ってくる。






「おー千鶴!」

「…………!」

「はい、これ!」





藤堂が千鶴に、何かを手渡す。
原田はその手の中のものを凝視した。





「?なんだよ、お前が使ってた袴じゃねぇか」

「あ?あぁ、これか。着物とか袴用意する時間ねぇから、 土方さんに俺の使ってたやつ貸してやれって」

「へー、土方さんがねぇ」

「ひゃっ!!!」

「うわぁ!総司!!!……びっくりさせんなよ!」






藤堂と千鶴の間から、ヌッと顔を突き出した。

想像した反応を見せた二人に
沖田自身は、満足げに微笑む。







「なんだ総司?結局戻ってきたのか」

「……まあね」

「……………」

「っつうわけで、使ってくれよな!」





差し出された着物を、千鶴が手に取ると仄かに太陽の陽の匂いがした。





「…ありがとうございます、藤堂さん」

「いーていーって!つかさぁ、藤堂さん何て言う 他人行儀は止め止め!平助でいいよ。皆も俺のことそう呼んでるし。これからしばらく、一緒に暮 らすんだしよ」





平助の言葉に、目を丸くさせたのは千鶴だけではなかった。





「………ありがとう、平助くん」





“ああっ、よろしくな!”
楽しそうに話す藤堂に、千鶴は自然な笑みがこぼれた。

そんな千鶴の頭に 原田の大きな手のひら乗せられ左右に動く。





「初めから、そうやって笑ってろ」

「え…?」

「俺たちだって、お前を悪いようにはしねぇよ」

「………はい。」

「……平助らしいよ、本当」





沖田が、微笑む。
そんな彼に千鶴は少し、気が和らいだ。





「さ、早くこの子を部屋に連れてこ。」

「あ?……そーだな。それに、そろそろ夕餉の時間だしな」

「!早く行かねえと、新ぱっつぁんや一君に俺のおかず食われちまう!
特に新ぱっつぁん!!!」

「いや、新八は分かるが……」

「何言ってるの左之さん。………一君、結構食べる よ。」





走りだした藤堂に次いで沖田、原田も走り出す。




「えっ…あ、……………」





さすが新選組、というか。
彼らの速い動きに千鶴は、うろたえた。









「……私も行かなくちゃ……………!?」





藤堂に手渡された着物を、上手く掴めず落として しまう。
着物と袴を拾い上げ、走りだす直前千鶴の視界の端に人影が写る。




「……え、─────?」





千鶴は思わず立ち止まった。




「………」





その人影は、静かに立っていた。

中庭の大きな大樹の幹に手を添えて、生い茂る緑を下から眺めていた。

長い漆黒の髪が、その人が動くたびゆらゆらと揺れる。
陽の光に照らされたそれは、綺麗な輝きを放つ。

優しそうに木々をみつめる大きな瞳は、どこか悲しげにも儚げにも見えた。

新選組は男所帯。
女禁制。

そんなことは、千鶴にも分かっている。
現にそれで自分も男装を義務づけられているのだから。

それでも





「………きれいな、女の人」





そう思わずにはいられない、その人には、気品が漂っていた。

その人は女性で…。
千鶴の頭では、そう認識せざるをえなかった。





「………って、早く行かないと!!!…………………」





もう少し、その影をみていたかったと残念なような
次にみたとき
その影は、いなくなっていた。











───
───
───







沖田を先頭に、いくつもの部屋の前を通り過ぎる。






「ここが僕の部屋で、この小汚いのが新八さんの部屋だよ。」

「小汚いなどと言ってやるな」

「あれは、新八の限界なんだって」






彼の気だるそうな説明に
原田と、先ほど藤堂と入れ替わるようにやってきた斎藤は
各々に渋い顔をする。
千鶴はしっかりと、沖田の話に耳を傾けていた。





「左之さんの部屋で………このもう一部屋隣が、君の部屋。」




言葉通り沖田は、原田の部屋から一つとばした
右隣の二つ目の部屋に千鶴を案内した。





「ありがとうございます。」





そうお礼の言葉を口にしてからすぐに、何かを思った千鶴は
部屋の前で立ち止まり、沖田達に尋ねた。





「あの、私と原田さんの隣の部屋は……何方のお部屋なんですか?」

「どうして?」

「え……?」





その部屋の持ち主のことを聞けば、沖田の目つきが鋭くなった。

沖田だけではない。

原田も
斎藤もだ。


今の彼らの態度には、
その部屋の持ち主と、何か関係があることは間違いないのだろう。





「すみません」





沖田の冷たい声に とりあえず、謝ってみせた千鶴をみて
原田はため息を漏らす。

斎藤も、何も悪くない千鶴を不憫に思う。





「何、左之さん」






感じる原田の視線に機嫌の悪さを隠すことなく、沖田は襖を開け放つ。
原田は眉を寄せ、苦い顔をする。






「こいつは何も知らないんだぜ?」

「だから、何さ」

「雪村に怒りの矛先を向けるのは、筋違いだということだ。」

「一君まで、うるさいよ」






説教くさい斎藤たちの言葉に、
沖田は心底うんざりしたような素振りをみせる。





「気持ちは俺だって分かるが……いつものことじゃねぇか。そのうち帰ってくるだろ」

「そうだぞ総司。あいつはいずれ帰ってくるのだ。いま目の前のことに集中したらどうなのだ。……最近では朝の稽古どころか隊務全般に手を抜いていると耳にした。」

「じゃあ何さ。あの娘にやたらと任務を任せる土方さんに文句を言えばいいってこと?」

「!そ、ういうわけではない…!!!」

「一君はさー、土方さんが悪いって思ってることでいいんだよね」






先ほどの機嫌の悪さはどこへ行ったのやら
いまでは、ニヒルな笑みを浮かべてどうでもいい挑発に真面目にも乗っかった斎藤を
からかうことに彼は楽しんでいる。



「それに、もちろんあの子との時間を奪っていく土方さんにはイラついてるけど。それだけじゃないよ。まあ、もうそんなことで腹を立てる必要もなくなったけどね。」

「…」





満足したのか、ふと沖田は千鶴のほうに視線を向ける。
それは、どういう意味だと言い掛けた原田の言葉を制して。

急に見つめられた千鶴は、目を見開き
ぎゅっと握りしめた掌、緊張のためか肩には力が 入った。

そんな少女の様子に、“やり過ぎた”と、沖田はクスリと笑い
もう一度千鶴を見つめ直した。

だが、どんなに優しい眼差しでも
彼の視線は千鶴にとって拷問のようで、体の力が抜けることはなかった。







「………そこの部屋はね」





自分が、唾を飲み込んだ音が

しっかりと耳に届いた。






「僕らの………新選組の、大事な人の部屋だよ。」









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