身を滅ぼして
















「…………はぁ」






少女は、何度目かわからないため息をついた。


それもそのはず
保護されたとはいえ、この二週間
ろくに部屋を出させてもらえたことなどないのだから。









「……いったい、…いつになれば」






“父様を捜しにいけるのだろう”








「……話も、聞いて貰えない…」








父のようすも、情報も
耳に入ってはこない

なら、ここを去って…



自らの足で、捜…



















『駄目だよ、へんなこと考えたら』

「えっ!?…」









雪村が言い終わる前に
そんな声が、遮った

女性のものだった。







「…!深玲、さ」

『あ、驚かしちゃったね』









いきなり現れた彼女に

驚きを隠しきれていない、雪村の姿が
深玲の目に入った








「ど、うして…」

『ん?』









雪村の質問に、答えることもなく、彼女は
全開だった襖を丁寧に閉めて

片手で膝元の着流しをサッと払いながら
そこに座る。


…───少女と同じ空間にいる。

















『私がいま、アナタの監視役だから』

「ぇ………」

『ふふ、…外に出たくて、うずうずしてるって感じかな』

「!」









雪村と目が合うと、意地悪そうな笑みを作って
深玲はそう口にした














…自然なものだ 

ここから出たいというこの少女の願いも。




ここに保護されたとはいえ、彼女は監視されている身

外に出れるときも、湯浴みか厠へ行くくらいしか、少女に許可は出されていないはず。



実際、いまいるこの部屋の外に
一人、自分以外の監視がついているのも確かなのだから。

迂闊に逃げ出すだなんて素振りは、冗談でもしてはいけない。













……───だったら、否

逃げるしか、ない。









『……そうなるに決まってるよね』

「えっ…」

『こんなところに連れてこられて、軟禁。おまけに綱道さんも捜しにいけず。わずかな情報さえも貰えない。そりゃ、逃げたくもなるよね』

「……」







そう、雪村は逃げようとした。

そして深玲がやってきたのは
この部屋の襖に手をかけようとしたとき。

だからいま、自分の身体はこの部屋の襖に一番近くにある

だから、この部屋の深玲の存在に
こんなにも焦る自分がいる





真っ直ぐに自分だけを見据える彼女の視線に
目をそらせない

手のひらに、変な汗が噴き出てくる

まるで縄で全身を縛られているよう




すべてを、把握されているんだと
雪村は悟った。










『…斬らなくちゃ、ね』

「……えっ…」







深玲の言葉に、雪村はついていけなかった

斬る…
この人は、自分を斬ると、言ったのだろうか




そんなことを考えながらも
本能とやらでは、雪村の足は賢明だった。

だが、後ずさるも
じりじりと詰め寄られ、距離は狭まる

冗談だと思いたい
でも

この人は、いま刀を抜いた──…









「…ぃ、や………」

『……ごめんね』

「!」










自然なものだろう。

離れて暮らしている父様の消息が途絶えたのだ
となれば、一刻も早く

捜しに…

外にでたいに決まっている。










『綱道さんを捜す手掛かり…ね、』







深玲は、目の前の少女の
目にかかる髪を指で払う。


いきなりのことに驚いたのか、
視界を遮っていた髪が消えたからか、

瞬きを数回、連続でした黒い瞳が、素直に物事を捉えて
自分を見つめているのに、軽く笑みを浮かべた。









…どちらにしろ
彼女に利用価値がないとなれば
副長は、かならず

彼女を斬るのだろうけれど…。






彼らの意に添わぬ行動をするなんて真似は
己の死期を早めるだけだ。









そもそも、彼女がこんなことになったのは
彼らが捜索中の蘭方医─雪村綱道の娘だから。








…どの道、自分は斬られる運命だ。

ならば、自分にできる最善をつくす。







深玲の見る少女の目には
そんな決意が見えた。




そんなことは
とうに、この少女は理解している












“………いったい何時になれば、父様を探しに行けるの…”






そもそも


少女がここに保護されることになった理由も
男装までして京にまできたのも

すべて、
連絡の取れない己の父親のため。


新選組副長土方自身も
少女の父親を探す手掛かりとして捕獲すると言ってはいるのに

少女に
彼らが父親捜索に躍起になっているとは
到底、感じることができなかった。

そして、逃げ出そうとした。






『それは、私達がって言う前に、あなた次第なんじゃないの?』

「………えっ」







そんな時、襖を開けて部屋へと入ってきたのは
深玲だった。






「どうして…斬らなかったんですか」

『え?斬ってほしかった?』

「………!」






真剣に慌てふためく少女の姿に
思わず深玲は笑みをこぼす。






『…冗談よ、本気にしないで。私が悪者扱いになるわ』

「…………あ、そうですか……冗談、」






力が抜けたのか少女は、畳に座り込んだ。
そして
その隣に深玲も座った。






「深玲さん、でも……冗談、言ったりするんですね…」

『……ふっ、はははっ。
何、雪村さん力ぬけちゃって……少し虐めすぎちゃったみたいね』






綺麗な人

冗談なんて口にしない真面目な人


本当に、そう思ったから
口にでた言葉だった。

…でも、






『冗談なんて一切言わない、お人形にでも見えた?』

「えっ……」

『ふふ』






綺麗な笑みは変わらないのに
どこか悲痛な表情を浮かべている深玲




























少女の父親で蘭方医である雪村綱道は、新選組にも出入りしていた。
だが、ある夜
綱道の研究所が火の中にあり


研究所も
綱道自身も

何もかもが、消えた。









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