あの日みた花














『用があるなら入れば?……総司』

「……なんだ、気づいてたの」








 “私を誰だと思って?”

着流しに袖を通しながら
彼女は 襖の外にいる影に声をかけた。






現れた影は、柔らかく笑うと
部屋に足を踏み入れる。







『…私が声かける前から入ろうとしてたでしょ』

「今更でしょ」

『着替えてたらどうする?』

「その時はその時。…上から下まで、じっくり堪能させてもらうよ。」

『馬鹿じゃないの』

「あはは、僕もそう思うよ」






何気ない会話かもしれないが
やはり

お互いをどこか、さぐり合っている。







『気づいてたんだ』

「…まぁね。」

『いつから?』

「……君が土方さんの部屋から出たときかな。」

『ふーん、残念。』







“上手く気配、絶ってたと思ったのに”


深玲の言葉を聞いて笑みを零し
彼女に向き合うようにその影は座る。
彼女と目が合うとまた、柔らかな笑みを作った。














「…元気そうでなによりだ」

『……うん、まぁ。』







彼女もまた、影───沖田総司を見つめ返す。

長居すると思っていた深玲だったが
“さてと”と腰を上げた沖田は、もう部屋を去るつもりなのだと悟る。






『…総司』

「なぁに」







襖に手をかけた沖田を引き止める。
だが、続く言葉が思いつかない。








『……』

「土方さんが、お呼びだよ。」

『……え、』

「もともと、それを伝えにきたからね、僕。」

『…昨日の夜のこと?』







表情を崩さないまま、それだけを告げた深玲に
沖田は目を丸め、やがてその顔は嬉しそうに 口は弧を描いた。






「…───さすが。」














───
───
───








「お、総司どこ行ってたんだ?」

「?あぁ、ちょっとね」






そう呟く沖田の顔は、どこか誇らしげで どこか憂いを帯びていて。

そんな彼を見て、藤堂は不満気だ。
二人に何か言いたそうに 千鶴が少し前へでたそのとき。





「遅いよ左之さーん」

「おい総司に左之、斎藤!おそかったじゃねぇか!」





そこは自分の部屋のはずなのに
怒鳴り声と共に後ろの襖が何故か開いたのだ。

そして、 二人の青年が、
待ちくたびれたといわんばかりの表情を浮かべて千鶴の後ろに立っていた。





「ちょ、新八っつぁん!」

「なにが“新八っつぁん”だ平助! こいつらが来るって俺んとこ来てから
何刻経ってると思ってんだ?」

「って、なんで俺のせいになってんだよ!」





藤堂がもっともらしい抗議を永倉にぶつけたが
当の本人には、簡単には伝わらない。






「俺がどれだけ────」





ついに藤堂も、永倉に食ってかかることを止めた。
が、藤堂とは違う
落ち着いた声が止めに入った。






「新八、その辺りにしておけ。」

「斎藤!お前まで……!」

「……雪村が呆れている」

「えっ」




急に斎藤の口から 自分の名前がだされたことはもちろん
引き合いにだされたことに、千鶴はうろたえた。





「そうなのか、千鶴ちゃん!?」

「えっ……………いえ、そんなことは…」






肩をものすごい力で掴まれ ゆさゆさとゆらされる。





「つかよ、新八、見えねえか?」

「何がだ、左之」





困り果て、ただゆさゆさと 揺れるだけの千鶴に
助け舟をだしてくれたのは 原田だった。





「部屋に入ろうって言いたいんだよ俺は。
お前が引き止めたりするから、こいつ、ずっと荷物持ちっぱな しじゃねぇか。」

「…!!おわっと、わりぃな千鶴ちゃん。そうと決まりゃ入ると するか!」





原田の言葉に、永倉は千鶴の手の中から荷物全て 奪い取り
一番に部屋へと足を踏み入れる。





「じゃあ、俺は隣の部屋いるからよ」

「僕も」

「では俺も」





千鶴の部屋に入った永倉、藤堂、千鶴に
沖田、原田、斎藤はそう言い残し

原田先頭、一番最後に沖田が部屋へと入ったとき。





『…ちょと、そこ。私の部屋で何やってるの?』





落ち着いた声が、ここにいる全員を呼び止めた。

後ろ振り返れば
華着流しを着た華奢な体格のその人が
少し怪訝そうな表情を浮かべて、襖にもたれかかっていた。








「えっ……ちょ、?…………深玲!?」

「わぁ!深玲じゃん!」







藤堂が信じられないという表情を浮かべるも
声は弾んでいる。

そんな彼らをみて、深玲はクスリと笑い
そんな彼女をみて、沖田もまた笑う。








「なんだ。まだ、土方さんの部屋かと」

『だからって、そこで私の部屋に入る理由にはならないでしょう。』






そりゃ、そーだ。
沖田の後ろで、原田が笑う。

人斬り集団として恐れられてるとは到底思えないほどに
彼らは、よく笑うし

よく人の痛みに気がつく。



でも、だからといって
情に流されるわけではない。

情けに、自分を見失わないように
揺るぎない強さと、誠がある。



その強さも

彼らはそれぞれに、闇を抱え
それを乗り越えてこそ手に入れた強さだ。








「土方さんの話、案外早かったね」

『うん』

「総司?気づいてたのかよ!」

「まぁね。」





納得いかないのか
やはり藤堂は不服そうだ。

 




『ごめんごめん。副長人使い荒くて。
甲府の任務終わってこっち来てからも、また軽く任務』

「久しぶりだな、深玲」

『久しぶり、はじめ。元気?』

「あぁ。問題ない。」






沖田が深玲の方へ視線をむければ
すでに彼女は、幹部面々に囲まれていた。

その様子に、沖田も思わず苦笑する。






「あはは、これなら先に独り占めしといてよかったよ」






戸惑うばかりの千鶴は、沖田の呟きを聞いて
彼を見上げた。

その顔は、どこか残念そうだけどやはり嬉しそうで。

沖田だけではない。
ここにいる新選組の人はみんな、穏やかな眼差しを向けていた。







「…深玲、な、のか…………?」

『新八さん、久しぶりだね』

「久しぶりって、一月くらい屯所に居なかったじゃねぇかよっ!」

『うん、そのくらいは空けてたかな。』

「土方さん、相変わらずこいつを独り占めしやがってさー」

『ははは。土方さんより、山崎くんだけど』





“おー、そういや深玲”
と、沖田斎藤の間から、顔を覗かせた長身な原田。

そして、ある場所を指差す。







『……』







原田の指差す方を見た深玲の視界には 永倉と藤堂。

そして、二人のその大きな体の影に隠れた 小さな少年
──いや、少女の姿を見つける。

動揺した素振りもなく 少女を見つめ、そして近づいて行く深玲。







『………また、暴れたんだ?』

「え…「うん、そうだよ。」」







すかさず沖田が答える。

千鶴を見てはいるも、言葉は彼女に向けたものではないということは、昨夜何が起きたかを把握している幹部にはすぐにわかった。

そのことに千鶴は、自分が思うことではないとは分かっていても
彼らとの間に感じる壁を少し、鬱陶しく思った。





『じゃあ昨日の夜、始末にあたったのは………土方さんたち?』

「……なんだ。知ってたんだ。」

「総司と副長と、俺とで…昨夜の始末を行った。」





斎藤が、表情をかえず淡々と答える。






『…じゃ、この子が綱道さんの』

「そこまで聞かされたの?土方さんに。つまんないな」

『私は、監察で副長補佐よ?隠し事はなしだわ』





さっき見かけたあの人。
目の前に、あの人がいる。

そう思うだけで 千鶴の胸は、なぜかドクンと高鳴る。






『俚森深玲。新選組の監察方、副長補佐』

「あっ……え、………雪村千鶴です!」

『よろしく、雪村さん』

「っ!……はい」






深玲の笑みに、千鶴もつられて笑みを零す。
ガチガチの笑みを。










『さてと、湯浴みにでもいこうかな』

「僕が見張っといてあげようか」

『遠慮する』








沖田なら、やりかねない。

瞬時にそう思い、伸びをしながら、深玲は部屋の襖をあける。







「素直じゃないなぁ」







沖田も彼女に次いで部屋に入っていってしまった。
なんだかんだで、深玲自信も
部屋へ入ることを許すのだけれど。






















「ちくしょー、総司のやつ。当たり前のように深玲連れて行きやがって。平助!酒だ!島原行くぞ」

「俺もー?ったく、夕餉行かねーと土方さん煩いってのに。……行こうぜ左之さん」

「あ?あぁ、そうだな。………斎藤、お前もいくか?」








原田は、未だ廊下でつったっている斎藤に声をかけた。








「……いや、俺は…構わん。」







しかし斎藤は、原田をみることもなく
ただ、

一点をまっすぐ見つめるだけだった。









「そうか。…じゃあ、土方さん頼んだぜ?」

「……ああ。」









…斎藤、お前も不憫な。


まっすぐなその背中を
みつめる原田。








「……ま、それは俺とおんなじか」







原田はもう一度、斎藤を一瞥すると、門の方へと足を向かわせた。











「雪村」

「!……はい」






一人残った斎藤は、未だそこにいる千鶴に声をかける。
その声の調子は、先ほどより鋭い。






「……部屋に戻れ。食事は、誰かがもっていく。」

「…はい。」















この新選組にとっては
彼女の存在がそれほどまでに大きなものとなっているということだ。

彼らに大事なものができることは
果たして吉とでるか凶とでるのか。






『元気そうで、よかった。』






軽く微笑む程度の笑みしかみせずその一言だけを口にした深玲。

彼女自身もまた、新選組の彼らのことをどう感じ
思い抱いているのかは
計り知れない。





そんな彼らを
雪村千鶴だけがまっすぐに見つめ続けていた。








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