『っしゃ、間に合った!』







グッとガッツポーズをかまして
私はシャットダウンされたパソコンのディスクトップを一瞥。

そして、ルンルン気分で
いまやり終えてた書類片手にオフィス内を駆けた。







『近藤チーフ!出来ました』

「おぉ!花純ちゃん!!もう出来たのか!!!」

『頑張りましたもん!じゃあ、近藤チーフ………私』






一瞬キョトンとさした表情の近藤チーフだったけど
私の言わんとすることを汲み取ってくれた様子。

その顔は、すぐに笑顔に変わった。






「ああ!今日はもうあがったらいいさ。」

『ありがとうございます!』






書類も認可を頂き私はぺこりと頭を下げると、すぐに自分のデスクへと戻った。






『〜〜ん』

「鼻歌なんて、気持ち悪ィぜ花純」

『ぎゃ、総悟!!…………気持ち悪いは余計』

「気持ち悪いなんつぅのは、ある意味お前の為にある言葉でさァ」





ドSはあんたの為に作られた台詞だよ。







「つかなんだよ、……お前、今日もう退社か?」

『うん、だからお先』

「そのまま永久に退社しちまえコノヤロー」

『そのまま永久に社内のボード叩いとけば?ドS』

「それはそれはこの上ない、誉め言葉でさァ」






最近残業続きの私だった。
そして、たまりにたまった資料作成の仕事も無事やり遂げた。

今日こそは、何としても、定時で帰りたい。




フンッと鼻で総悟をあしらった私は
携帯と財布を鞄にしまい、退社カード片手に 無駄に重いオフィスの扉を体で押し開けた…

……と、ちょうどその時








「おっ、花純ちゅわあぁぁぁん〜ちょぉぉぉど良かった」

『………………。』

「その反応オジサン地味に傷ついちゃったよ。 ちょぉぉぉぉっと、コッチ来てくんなぁぁぁい?」

『……………はぁ』






松平さんはこの商社の所謂取締役。
私の父の知り合いで、よく家に飲みに来ていた。


そして、私が三年前にこの会社に入って以来
ずっと気にかけてくれる、優しい叔父さんみたいな人。
そして、私の友人の栗子ちゃんのお父さん。

そして、よくこのオフィスに遊びに来る人。



悪い人じゃないし、
むしろ日頃からお世話になってる人なんだけど。





……とにかく、とにかくこの人の話は長い。

そして、何かと仕事を回されてしまう。







『……………』






いや、松平さん自身は仕事を押し付けようなんていう考えはない、と……思う。


それなれば、私にもっとたくさんの仕事を経験してほしいという善意が強いのだろう。





『…………何よ』






途中、してやったりという顔を
私に向けてきた総悟。







『あんたなんか、今度の社員旅行で行く雪山で遭難しちゃえ』







捨て台詞のようにヤケクソでそんな言葉を放った私。
当の総悟は、雪山に嫌な思い出でもあるのか…





“全て、真っ白に還るんでさァ”
とか、なんとか呟いていた。

…………暗っ!





そういえば総悟この前Sは打たれ弱いとか言ってたなぁ。





私は松平さんがいるデスクへと向かう。

彼は近藤チーフのデスクに座っていた。
当の近藤さんは何処へ。







『松平さん。御用はなんでしょう?』

「あ、いぃんだって、普段の話し方でいぃってば」

『……………それで、松平さん、なんでしょう?』

「……………………ま、いーや。 おじさんのお願い聞いてくれるかぁぁいぃぃぃ?」








まぁ、内容によりますけど。
私はこのとき、確信していた。








「実はね、今日娘の栗子がぁね、風邪でね。」

「今日中に提出の資料がまだできていなくてんね。」

「あ、急に俺が頼んだことだから、週明けに出してくれたら、 おじさんすっごく助かっちゃうからさぁぁ」








松平さんは私の掌から
退社カードを引っこ抜いた。



そして、嫌というほど私はこの一瞬でこの先を悟りました。

私は今日も
定時では帰ることはできないんだ、と。






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