踊ってよ。

あの緋い炎の中さ

一君じゃなくて
僕は

美悠といたいよ。








「…あ、美悠りんご飴売ってるよ」

『……』

「定番だよね、たこ焼き。どうせならタコス食べたいな」




総司が私に、後夜祭を申し出た。

なのに私の頭の中は…




「……美悠?」

『…総司、』




あの男のことで、手に負えない。















朝、昨日と同じ時間に集まりメイド服を手に取る私に

“今日はもう大丈夫だから”と
千姫は教室の扉の前に凭れている総司を、顎で示した。





「ごめんね、あたしのせいで」




私の手の中からメイド服を強奪した千姫は、困ったような顔で私を見る。




「昨日は無理やり店番させちゃったから。美悠ちゃん、貴女ロクに屋台とか見られなかったでしょ。」

『え……や、うん…まぁ。』

「だ・か・ら、今日は自由!一日中自由!」

『!……でもっ』

「だーいじょうぶ。皆だって、昨日貴女がぶっ続けで動いてくれていたのは知ってるから。ね?」




千姫は、私が思っていたよりも
優しさを持ち合わせた女の子。


人の気持ちを汲むなんて真似はしなくて

勝手に怯えて、
人との接触を忌避して

特定の範囲でしか心を開かない、なんて。

そんな馬鹿なことをしていたのは
私のほうだった。




『じゃあ、頑張って。私の分も』




千姫は輝いていた、私なんか影で…

だから、




「…!」

『千ちゃん』

「…うん。楽しんできて!」




負けないくらいの笑顔を、彼女に手向けた。






















『…総司、』

「……何?」




思っていたよりも、私の声は低かった。

私の顔をみるなり、総司の顔は少しばかり引きつったような表情だった。

だけど、次に見せてくれた総司の笑みはいつもと同じで


“…やっぱり総司だ。”

ほんの少しだけ、ホッとした。




『…私、今日残れない』




ある程度、分かっていたのだろう。

それを聞いてもなお、総司の優しい笑みは崩れない
寧ろどんどん優しくなって…

どんどん、どんどん
私の目に切なく映る。







「残れないって、……文化祭の後片付けのことかな」

『……』

「それとも────…」





俯いていた私が目を瞑ったのが、総司にはわかったのかな。

総司は、それ以上は続けなかった。
何も言わなかった。

私の頭に、ゴツゴツとした手が乗るばかりだ。





「………君はまだ、一年前から───」

『…────ぇ?』





私は、なにがこんなに
心を曇らせているのかが分からない。

ただ、いまの総司の言葉に目を見開いてしまったのは…

知られているのでは…と、
臆病が勝っている私がいるということは分かっているから。





『…ねぇ、総司』

「ん?なぁに?」





言葉を紡ぐ唇が震えた。

手が震えた、
足が竦んだ、

数年前に私を再び蝕んだソレは、いまでも私を貶める気でも抱いているのだろうか。

それでも、総司の笑みがいつでも私の抗生剤なのは
変わってないのかもしてない。





『総司は、どこまで聞いているの?』

「…どうしたのさ、いきなり。」






…どうしてこんなことを聞いたのか。

そんなこと、私が知りたい…

だって、もしもそこで
“何を”だなんていう疑問を示されても
もしくは“イエス”と総司に返されても

困るのは、私だというのに。




  君はまだ、一年前から

一歩も前へは進めないくらいに…






総司が口を開くのを、静かに待った──。


















「……総司。」





窓の外を眺めながら、携帯を弄る沖田の姿を見つけた風紀委員である斎藤一は

こちらを振り返らなかった友人の後ろ姿に、一息ついて、その教室へと足を踏み入れた。




「…こんなところで何をしている。暇なら土方さんの所へ行って、何か仕事でも任されてはどうだ?」

「…どうしてさ。嫌だよ、土方さんの手伝いだなんて、虫唾が走る…──あぁ、あの人後夜祭の実行部担当だっけ。」

「分かっているのならば手伝うのが筋なのでは?今日は手伝うはずの女子生徒が早退したようでな、人手が足らぬようだ…」

「…その女子生徒って、美悠じゃないの?」





漸く後ろを振り返った沖田は、感情の無い目を斎藤へと向けた。

だが、斎藤はそんな沖田と目を合わせることのないまま
沖田の座る後ろの席に腰を下ろした。





「美悠はいま何処にいるのだ?」





やはり、彼が本当に聞きたかったことは、これだったらしい。

先ほどよりもうんざりだと言わんばかりの視線を斎藤へと向けた。

だが、まだお互いに目線は合わせない。





「アンタは彼女と一緒にいるからと、俺との約束を断ったのだろう」




何か思うことがあったのか、沖田は漸く彼と目を合わせた。




「……あのね。…僕は君と約束なんて一度もしてないよ。」




斎藤を横目に少し微笑みながら、そして頬に手を突いて
窓の外を見やった。




「美悠ならいない。僕、ドタキャンなんて初めてされたや。」

「美悠が、お前をドタキャン?」

「びっくりだよね、ほんと。」




沖田は斎藤と話しながらも、窓の外をみつめるばかり。

その心情を
斎藤が悟ることは難しい。





「ねぇ、一君」

「なんだ、」

「一君、どこまで聞いた?」





彼女が彼に“聞いた”と尋ねたのと同じように





「?…何をだ」




彼も彼に“知ってるの”とは尋ねなかった。





「美悠が未だに、通院してるってこと」




それを聞いた斎藤は、一瞬目を見開くも
すぐに落ち着いた表情を取り戻す

そしてそのようすに、沖田も悟る。




「知ってるよね。そうだよ、美悠は未だに…」




斎藤が、勘ぐるように沖田をジッとみつめる。





「だが、それがどうした?……もう一年もまえからのことだろう。」




彼女…美悠が通院と称して市内の病院へ通うようになったのは。

もう、その“通院”とはおさらばなんだよ、と
笑う彼女の姿をみたのは。




「彼女から…そのような話をしてきたのか。」





珍しい…。

紡ぐような斎藤の言葉に、視線こそは合わないが沖田は目を細めた。








「……いーや、違うよ。ただ…───」





僕や一君に、彼女の病気の事を話したのが






「どうして、言ってくれないのかなぁ、て。」








彼女本人からじゃないってことに、ただ少し苛立っただけのこと…。










「…総司、先ほどから一体何をしている?」




窓を開けて、携帯を持つ手を外へ突き出した沖田




「この赤をさ、」





彼の手元が白く光って、やがてピロリンという音が斎藤の耳に遅れて聞こえた。




「美悠、今頃退屈してるだろうから。ちゃんと撮ってあげないと。」





ゆらり、ゆらりと

黒い板越しに見えた赤








「今頃きっと、病院だろうから。」












 

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