『………』





ここは私達の教室
そして、そこに設置された簡易試着室の中。

いま、こうしている中で
一体何分が経過したものか。


ただいつもと違うのは、今日がここの文化祭当日だということ。

(如何にも某アニメや漫画に出てくるヒロインが着そうな)ふりふりレースであしらわれ、白と黒を基調としたメイド服に袖を通した私が居ることだ。

本来、私が着るはずのないものだったメイド服。
だからなんの気兼ねもなく、どれがいい?とクラスの女の子に聞かれた私は
自分が絶対着なさそうなこのメイド服を選んだのだった。

なのに…



「一人足りないの!お願い!」



当日になっての今日、教室に入ったばかりの私に千は叫び懇願する。



『え…でも私裏方だし…』

「そんなの有り余るほどいるんだから」

『!じゃあ私じゃなくても…』

「だめよ!」



もはや、弁解の余地は無いらしい。
彼女の中では私が借り出されることは決定事項のようだ。

…いや、当然嫌に決まっている。

誰が好き好んでこんな恥ずかしい格好をして、自ら醜態を曝す馬鹿になれと?
しかも、似合う似合わないという問題の前に
メイド服を完璧に着こなしてしまった自分に、寒気を覚えた。



「脱いじゃうの?」



脱ごうとするけれど、いきなり口を挟んできた生徒の声にそれは叶わず仕舞い。

千がいま近くにいないから、今のうちかと思ったのに…
誰だよ、と振り向けば至極見知った顔である。

教室の隅に設置された試着室のすぐ外で、…総司はそれを許さない。




「やっぱりね、僕の目に狂いはなかった」

『……あっち行け馬鹿』




総司が目を細めて、やがてそれは屈託の無いものに変わっていくのが分かった。
私の元まで近寄ってきた彼は、未だ簡易的試着室の鏡の前で固まる私の背を押して、大きな鏡の前まで連れて行き、むき出しになった私の両肩に手を置いた。

鏡の前で私は、全身で恥ずかしさを表している自分を薄目で見た。



『……脱いでもいい?』

「だめ」




ニッコリ、と笑いながらも私にとっては苦である否定の言葉をさらりと言ってのける。




「脱がせないよ。もう決まったことだしね。」




そして鏡に投影された私の姿を見据え、私に合わせるように姿勢を低くした。




「よく似合ってる」

『…───』





きっと…というより、総司のストレート過ぎる言葉に
顔を真っ赤にしている私を私自身は、既に鏡越しで目にしている。



『顔、近い……近いっ…』

「あはは、ごめんごめん」



案外あっさりと顔を離した総司に、少し首を傾げてしまうけれど
それでももう一度、鏡越しに満足気な彼を見た私が
その少しの違和感に対して追求することはなかった。







「美悠ちゃん!すっごく似合ってるよ!」




こいつもかっ…!

戸惑いも無く試着室に乗り込んできた千に、総司は面白そうに目を細めた。


…こうして、ほかにも彼女の声を聞いて男女問わず群がってきたクラスメイト。
薄情にも総司は腕を組んで教室の窓にもたれ
まるでサバンナの奥地に放り込まれた私を、またあのニヒルな笑みで眺めている。
こうして彼はあくまでも、傍観者を演じているのだ。





__






「美悠ちゃん!オーダーお願いねっ」





私たちのメイド喫茶は以外にも繁盛していた。

名前の通り、至極普通のメイド喫茶。
もちろん、如何にもという風貌の男性客も多く来店してくれていたのだけれど
やはり、来年から高校生になる学生や、他校の学生層が多かった。

そして、称賛の通り
見事、このメイド喫茶はクラスの模擬店部門において、見事に優勝を掻っ攫ったのだ。

何が勝因かと聞かれれば答えかねるが、それはきっと
男子が面白おかしく開催した

ミスコンならぬ、メイドコン
それが含まれていないとは言い切れない。

…結局のところ、男子生徒による厳選な投票の結果は
打ち上げの席までの持ち越しとなった。




…ここまでの出来事は
何の困難も無く順調に進んでいたと言えよう。

ここまで、は。





Trifling

change






薄桜高校文化祭

本当に大変だったのは、これからだ。

そしてそれは、
私にとって、影を落とす出来事となった。











 

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