「美悠ちゃん。これ、風紀委員にまで回してくれないかな」

『……え…?』



そう言われ、クラスメイトに握らされた──抱え込まされた──のは
細く長く丸められた白い模造紙だった。

いまは、文化祭にむけての準備期間
特にクラス内の発表にみんな熱が入っていた。

そんな中、看板製作にあたっていた私のところにやってきたのは
クラス委員の、鈴鹿千

鈴鹿財閥のご令嬢
なので他の生徒からは、千姫だなんて呼ばれている。


正直、私は

この人は苦手だ。





『風紀委員まで?』

「うん、そう。」

『………どうして?』



そう、風紀委員までのお使いなら
わざわざ私に頼むことはない

それなら千か、もしくは隅でサボってる他の男子にでも頼めばいい
…そういう意味を込めての、どうしてだ。




「んー、どうしてって言われると……そうだな。少し言いづらいんだけど
美悠ちゃんて、斎藤くんと仲がいいでしょ」

『…うん、まぁ。』

「実はね、この模造紙。風紀委員の備品なの。
…ほら、うちの馬鹿な男子たちがよく確認もしないから、間違えたものなの。」

『へぇ』

「しかも、それが分かってから南雲っていう一年のクソ餓…………男子生徒がね、クレームつけてきて」



南雲、

千鶴の双子の兄のほうか。



「だから、風紀委員の部長の斎藤くんと面識ある美悠ちゃんなら
文句も言われないで済むかと思って………ダメ?」



無言で聞いていた私の顔を覗き込むように、小首を傾げて
千は両手を合わせた



『いいよ』

「本当に。ありがとう、助かった!
じゃあ、今すぐお願いしまっす」

『………』



…やっぱり

この子、苦手だ。













「…オイ、シカトするな」

『っちょ…』




腕をつかまれた

抱えていた模造紙の束が
何本か落ちた



「貴様のような一般生徒が、この俺を無視とは…な、」

『一般生徒………、アンタ何様』

「生徒会長さ『うざい』…オイ、聞け」



掴まれた腕を振り払い
風間千景の包囲網から逃れる

走り出した私に




「廊下を走るでないッ」

「とまれタコ女」

「貴様、豚足が悲鳴をあげているぞ」



このような
数々の罵声を浴びせたこの男は





『……しつけーよッ、馬鹿!』



私史上、最悪の馬鹿(くそ)男







「貴様ッ…まだシカトしようとするか…。一般生徒の分際で愚かなッ」

『あんた以外皆一般生徒だバカヤロー』

「貴様に馬鹿と言われる日が来るとは世も末だ。馬鹿と関わるのも考えものだな」

『…いちいちムカつく』



こう、どうでもいいやり取りをしているうちに
風間千景は私に追いついた



「落としたことにも気づかぬとは、貴様の方が何倍も馬鹿な生き物だ」

『………』



目に付いたのは、彼が持つ白い棒状の模造紙
それを見てから
私は、自分の抱える同じものに目をやった。






『……どうも、』



…届けに来てくれたらしい
そして、無言でそれを私に手渡す。



『……いや、あんたのせいで落としたんだよ絶対』

「……」

『…………そこは、否定くらいしてよ…』








「…走っても大丈夫なのか」

『大丈夫……多分、ちょっとだけなら』

「ほぉ、多分か」

『な、によ…』



ニヒルな笑みを口元に浮かべた風間に
私はなぜか目を反らせなくなった

どこか、悔しい

とにかく
私は風紀委員に行くんだ、と切り替え


風間のそばから早く離れようと
残りの模造紙も受け取った、そのとき───…




「美悠ちゃーん!」

『……あ、千鶴』




向こうのほうから、此方へ右手を振ってくる彼女の姿を見つけた

と思いきや、次に瞬きをした後
気づいたときにはもう、彼女は私達の近くまできていた。




『どうしたの、そんなに急いで』

「あ、えっとね、備品倉庫までパシりだよっ
ダンボール大量にね」




パシりと言いながらも
千鶴はどこか楽しそうだ

去年は風邪
一昨年は南雲薫の入院

そして、二年前は忌引きだっけ…


結局、これが中高との六年で
彼女にとっての初めての文化祭となるわけだ。





『大変だね』

「美悠ちゃんこそ!……………って、か、かか風間先輩…!??」

「…フッ、誰かと思えばお前か」



千鶴が慌てふためいたが
当の風間は気にも留めていないようす



「…っえーっと、あの……き、昨日ぶりですね」

「…フッ、昨日は貴様のせいで散々な一日だった」



…昨日……?




「そ、それはっ……」

『……』



顔を真っ赤にしながら、千鶴は助けを求めるように私を
チラチラ見る

だが私はいま
それどころではない




『…昨日って、部活あったっけ?』

「え、どうして?」

『え……だって、コイツが千鶴と会ったって…』



力無い人差し指は
自信無さそうに、風間を指す

それよりも私は、妥当な質問をしたはずだ


昨日は日曜日
珍しく部活も無かったから

…それに、私は検査の日で、

…こいつと、約束してた日で……




「昨日は……、風間さんにいろいろとお世話かけてもらって」

「馬鹿を言え。俺の目の前であの様なへまをやらかした貴様に、同情したまでだ」

『……へぇ、』




それだけ

短い相槌を返すと私は
千鶴の耳に、小さく囁く。




『よかったね、』



模造紙を持ち直して、私はすぐに
その場を立ち去った。

千鶴の制止の声を振り切って…












あんな口約束

覚えているほうが、どうかしてる





“…… 奇遇だな。
俺も明日新しい花が届く

そろそろ植え替えがいるからな


ふーん………、気が向いたら、来てあげる。”




……そう、だ
だってもともと風間千景は
あーいう、女の子の付き合いじゃない

あんなの
約束になんて、入るわけがないんだ




『………、』




大丈夫だ、呼吸が荒いのは
きっと病気のせい

胸が苦しいのも
いま、ここまで走ったからだ…



“『ふーん………、気が向いたら、来てあげる。』 ”





『…………違う、私は…』




ふーん………、気が向いたら、来てあげる。






『ただ、……来てほしかっただけだ…』



無意識にも私は
あの曖昧で小さな約束に
抱いていたのかもしれない



苦しくて
苦しくて

楽になりたくて


無意識に掴んだ胸元の制服のシャツは

少し、湿り気を含んでた。









 

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