体育館前の大きな木

その植え込み部分を囲うようにして存在するのは
根を張る大木を護るように積まれた、花壇代わりのレンガ

そして、
それをまた囲うような三角形を形作る、三つの長いベンチだった。





そこに腰掛けて
ボーッと前を眺めていたら

体育館の大きな引き戸からでてきた
ひとりの大人と目があった。












「…悪かった、」

『……』

「あの日、お前を試合なんかに─」

『やめてください。』



私が先生の言葉を遮ると

それ以上、原田先生は
何も言ってはこなかった。


俯く顔を上げてみると
少し困ったような、先生の顔が見えた。



『………』




あぁ、お父さんにこんな所を見られでもしたら

また愛想がないとか
この冷めた目を

指摘されてしまうんだろう…。




『……先生それ、何度目?
耳にタコでうんざりしてるんですから…』

「…あぁ、そうか。そいつは、悪かったな……」



私の追加の言葉に、ホッとした素振りを見せた先生

でも、私の言葉を聞いた先生の態度に
一番安心したのは

紛れもない、私。





「……最近、どうだ?………治療」

『……うん、』



先生が着ている黒のTシャツの
首もとが、他の部分よりも少し黒い

額や首から滴り落ちる水滴が
他のところまでもを

黒に、染た。





一緒になって、ゲームをしていたのかもしてない…
この人が、初めて私にバスケを教えてくれたのは
私がまだ、中等部の生徒だったころだっけ…





『上手く、いってますよ。…治療、』

「、そうか」




先生の赤毛が目に入る

艶々してて、男の人のわりに
サラサラして綺麗な髪だ。




『…でも、』




でも、その言葉も

治療も

いままで私の中に入ってきた大量の薬も








『……いまさら、先生が気にすることでもない』


全部、

全部“いまさら”じゃないか。




「……それにしても、」



“あっちぃなぁ…”


そんな嘘を呟いて、その大人は

わざわざ大木の影からでる。

頭の後頭部に手を添えたついでに

目の前の大人は、腕の時計を見て
その向こうの大きな引き戸を見た。




『今日も、これから検査結果、聞きに行くんですよ』

「お、おぉそうか…!」






…先生が、まだ気にしているのも知ってる。

だからいまだって、大会前の練習に励む生徒ほっぽりだして
私に声をかけにきた。



『だから、先生ともう話す時間もない』

「……────」



でも、やっぱり
気にしているのは

こんな未練がましい、一生徒より
汗流し
声上げる、数十名もの生徒達




『大会、頑張ってくださいね』

「…冴嶋」



いくつかの運動部が共同で使う
この体育館


その建物の近くに植えられた

大きな大木は

昔、どこかの部が
夏の大会で優勝した際に植えた
記念碑、らしい。












ここの庭師さんは
実にいい仕事っぷりだ。


中庭の花は、季節折々のものへと
変化している
相変わらず、綺麗な花を咲かせていた





「…はい、じゃあ今日からはこれも。
今までの薬と平行して飲んでくれるかな」



風間先生は、私の右手を
自分の左手で掴んで

自分の右手で、それを握らせた。




『…あの、』

「ん?なにかな、美悠ちゃん」


……。



“血のつながりだけだ
俺は
あんな者

父親だとおもったことなどない”




『……』

「……」

『び、病院の、中庭の花……』





“綺麗、ですね”



「あぁ綺麗だろう、君にも分かるか」

『まぁ。……あの、あの花は…』

「…あれはね、」





なんだ。

いうほどの
仲の悪さじゃないじゃない…。

だって、ほら

あんたの花
褒めてるよ…


綺麗、だって…






「うちのナースが、変えてくれているのだよ」

『え……』



“血のつながりだけだ。

俺は
あんな者

父親だとおもったことなどない”



「また、見てやってくれな」





“手首にね、
後遺症が残るそうなの…

簡単な手術だけど
…少し、ね

だからお母さん
あなたには安静に過ごしてほしいのよ

だから、

だからね…?”





「じゃあ、次の診察は来週の末にね」




もしも親が
自分の子供の、成し遂げたものを

それが無意識であったとしても

蔑ろにしてしまうようなことがあったら
あったとしたら…それは、






…残酷だ。















『……来るって、言ったのに』



再び中庭へと足を踏み入れた私は
そのままベンチへと腰をおろした。





病気に犯され

通院して
薬を常備しているということを告げたのは

両親以外に、あいつだけだった。



“奇遇だな
俺も明日新しい花が届く

そろそろ植え替え がいるからな”

“気が向いたら、来てあげる”



『…あんな、口約束
いちいち真に受けた私が馬鹿…』



薬の入った
紙袋が、クシャリと曲がる。




『……綺麗、だって』




これほどまでの花々を

ここまで咲き誇らせたその人物は



『…褒めてたよ
あんたにとって、一番残酷だろう人が』




結局、最後まで姿を見せることはなかった。







足りないものが同じなら、いっそのこと
お互いで埋めてしまえたらいいと
本気で、思った。






 

  back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -