「はぁ、明日から夏休みだな!」

「平助。ため息をつくな、嬉しいのかそうでないのか分からん」



賑やかな声に包まれぬのは
剣道部の面々だ




「だってよー、…いや、嫌じゃねぇけど、宿題がなぁ。だいたい、総司、俺のことバカにするけど、お前だって土方さんにまいど怒られてんじゃん」

「平助、土方さんではなく“土方先生”だ」

「僕、古典以外すぐ終わるし。君、僕をなんだと思ってるのさ」

「…………」












「そういえば、美悠」

『えっ…?』

「美悠って、宿題とか早く終わるタイプ?」

「何言ってんだよ総司、美悠は基本的になんでも早ーよ」

『なに、その基本的って』

「…まぁまぁ、…でも、去年は遅かったじゃん?」

『……………』



去年という言葉に、私は固まった

総司は
私の顔を一度みた。



『去年は、…バスケ、一筋だったしね、私!』

「あー、そーだな」



総司
延長料金は、まだ生きてるんだ。



「てか、なんで辞めたわけ?」

「駄目だよ平助」



平助にそう問われ、一瞬ビクつくも
総司が割ってはいってくれた。



「そのさきは、僕は延長料金、君たちは入場料金がいるからね」

「……総司。先ほどから、あんたの言う意味が分からんのだが」

「そーそー。なんだよ延長料金って。」



まぁ、総司くん。




「美悠の心の入場料金。」

「はぁ?なんだそれ」

『ふふっ…』





高くついちゃうね。



「それはいいんだが、平助」

「あん?どうかした一君」

「総司が延長料金で俺達は入場料金なのだろう?」

「……それが、どうした?」



「……俺と平助の二人はまだ、美悠の心に、………っに、入場すら出来ていないということだ。」






──
───







夏だった。




だから、


暑さでどうかしちゃったんだよ
私の耳は

それか

もういっそ蝉の鳴き声のせいにして
聞こえないフリをしてもう一度

聞き返そうかとも思ったよ。

でも、それはさすがにやめた。
往生際が悪いと

あの人の声が聞こえてきたから。






『………私、バスケは、続けられますか…?』




私の小さな疑問の声に
そのあとの、医師の返答に

隣の黒い丸椅子に座る母親の肩が揺れた。



───
──






ここ数年にできたまだ新しいこの病院
綺麗な造りの建物。

最新設備で整えられ、おまけに勤務する医師たちの殆どが、キャリアの道を歩んできた凄腕ばかり。
そして、中世のヨーロッパ風を意識したこの小洒落た中庭も
その自慢の一つらしくて
しっかりと手入れされた花々は
閉じ込められた“ここの住人”の心を癒やすもの。

私だってこんな気持ちじゃなかったら

ああ、綺麗だな
そんな風に受け止められるのに

いま、綺麗なものをみたら

壊れて

消えてほしくて

溜まらなくなる。 



もうすぐ、ここの住人になってしまうかもしれないのに。

先に帰った母親のことは忘れて
さっきの話もすべて聞かなかったことにして

私は しばらく、庭の花を眺めていた。






「お前のような検査服を着ている奴が、こんなところでこんな ことをしているとは……、死にたいと見える。」

『…………、だれ?』



随分と寝てしまったみたいだ。
乾燥して、喉が痛い。

陽の光りを直に受けて、汗もかいていたのか、汗が冷えて少し肌寒い。
そういえばさっき、体を冷やすなと言われたばっかだっけ。




……それより、私、まだ検査服だったんだ。



『…着替えるの、忘れた』

「…………ほら、受け取れ」



金髪の彼は、不服そうに
寝ぼけ眼の私に紙袋を突き出した。



『何、これ………あ、』

「お前の主治医から、預かった」

『…………』

「わざわざ俺が届けてやったのだ。感謝するがいい」



どこからでも
上からモノを言う人だな、この人は。



『なんで、あんたが私の制服持ってんの』

「聞いていたか?主治医から預かったと言っただろう」



私が答えなかったことに腹を立てた素振りをみせたけど
それ以上、その金髪の男は
そのことについて言わなかった。



「どうして、お前のような奴が、こんなところで寝ている?」

『どうして、って……』

「……まぁ、いい。俺には関係ないからな。」



心ない事を言う人だ。 誰かにそっくり。

そっくり…



『……あ、風間千景』

「………」

『風間千景だ。』

「………」

『わー、こんなところで風間千景に会うなんて。』

「……おい」

『ついに女の子孕ませちゃいましたか?』

「…………」

『…図星?』

「馬鹿なことを言うな」



ヤバい、少し言い過ぎた。
青筋たってる。

目がヤバいことになってる。


うちの生徒会長だ。

何かの行事の度、突飛なことを思いついては
直前に発表するものだから
よく教師達を悩ましている人物。

噂ではどこかのボンボンで金持ちらしい。
その上、この美形だから、言い寄る女の子は後を絶たない。






「お前バスケ部の、冴嶋美悠だろう」

『…………』

「悲しいか?」

『何?あなたもこの病院も、プライバシーって言葉しらないわけ?』




平気で人の心の傷を抉る。


医師も

病院も

こいつも

母親も。



「なんだ不満か。主治医から聞いたのだ、問題ないだろう」

『いや、本人確認ないの?………て、え?』

「なんだ」

『…………』



風間千景

風間、千景

風間……




『風間先生と、……どういう関係…?』







“私も最善を尽くす”

“少し大きな手術だが”

“大丈夫だ、”

“なんてったってここは、私の病院だ”

“それに、ここの医師達はすべて 私の自慢の教え子 たちだ”

“私にも、君くらいの息子がいる”

“嫌われては、いるがね”

“……だからな”







『風間院長の、…息子……』

「血のつながりだけだ。俺は、あんな者、父親だとおもったこ となどない」




“手首に後遺症が残るそうなの…”

“簡単な手術だけど……少し、ね”







『……お願い。あんたから、言ってよ!』

「なんだ、急に…」

『私、大丈夫だから…全然元気なんだからっ……』

「………」

『……バスケ、……好きなの、したいの』



人が、どんな気持ちで
ボール追いかけてると思ってるのよ。



『…辞めたくないの…』

『先輩辞めて、やっと…やっと私の番なのに………っ』

『風間先生に……』



こんな検査や何やらで、一体どれだけ体が鈍っちゃったか
あんた達には分からない。

しかもその挙げ句には、バスケは辞めろだなんて。




『……こんなの、…あんまりじゃない』




先生の たった一つの宣告で

何もかも失くした。



『自分の体のことくらい、…私が一番よく分かってる……』



手術を受けたらすぐに治まる。
でも

残る後遺症。




 
『……だから、解るから、…こうも焦ってるんじゃないっ…』



解る だからこそ
知りすぎて明日に絶望する

これからの不安で、前が見えず
理解してくれない臆病な母親。

母親故に感じてしまう恐怖を
理解しようとすらしない私。



「俺に言わせたところで、奴の考えが変わるとは思わん」

“バスケは、続けることを控えた方がいい”

「…教えてやろう」

「俺は昔から、医者になれと言われ、それなりのことはしてきた。」



“自分の体のことは、よく解ってる”



「だからな、お前のようなやつを、見るのは初めてではない」

「ここにはな、お前のような考えを持つ奴は何人だっている」



“バスケがしたい”



「…結局はそんな想い、医師に“完治”しろと言っているようなもの」

『………』

「いいか、医者は神ではない。お前と何も変わらぬ人だ。」





壊すことは 誰にだって出来る
でも その傷を埋める術を
僕らは知らない




これが、私の夏。

これが
私の高校一年の夏






そして
何もかも 見えなくなった








 

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