ささやかですが感謝の気持ちをこめて。
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Nine

「はぁ……」
目の前にうず高く積まれたそれを見て、ため息が零れた。だって、机の上には手のひらサイズの箱や、紙袋。そしてそのどれもがかわいらしくおめかしされて、サボくんの手に取られる瞬間を、今か今かと待ちわびている。
きっとこの箱や袋の中には小さなメッセージカードが入っていて、丸っこい字でサボくんに恋する気持ちを謳っているんだ。私の好きな彼はどうしてこんなにモテるんだろう。
はあ……と、もう一度ため息する私を、椅子に座るサボくんがうんざりだとばかりに見上げてきた。
「さっきからうるせェぞ」
「だって見てよ、この甘ったるい山!胸焼けしそう」
「お前が食うわけじゃねェだろ」
「サボくん、これちゃんと全部食べるの」
「おれがというか、主にルフィとエースがな。手作りは断ったし既製品ならまあ、許容範囲だ」
「ふうん……」
箱のひとつを持ち上げて眺めてみる。ピンクの箱に赤いリボン。もし私がこういうものを用意したら、彼はどんな顔をするんだろう。
なんて私の考えを読んだのか、サボくんが「お前からは何かねェのか」と、なぜか真面目な顔で言った。
「ないよ。一度もあげたことないでしょ、バレンタイン」
「まあな。一応聞いてみた」
「貰ったって困るでしょ」
腐れ縁からの本命チョコなんて。
私だって、断られたら次の日からどんな顔をしたらいいんだか、分からなくなってしまう。そっぽを向く私の耳に、ぽつりと響く声。
「そんなことねェよ。……おれはずっと待ってるんだけどな。お前からのチョコ」
え、と振り向いた先ではいつも通りの笑顔が待っていて、だからさ、とやさしい声が続けて言う。
「とっととおれにチョコ渡して、そんでそんなわかりやすくため息つくの、もうやめろって」

ため息はよく噛んで食べましょう / サボ

Eight

夜も更けた11時。自室でくつろいでいた私を訪ねてきたのは、酔っぱらった参謀総長殿だった。
「よっ、邪魔していいか?」
片手をあげながらそう言う彼の頬は、一目見てわかるほど赤く火照っている。
「構いませんけど……総長、酔ってますよね?」
「あァ。ちょっと飲まされちまってよ」
言いながら総長はするりと室内に入ると、後ろ手にドアを閉めて私の肩を抱き寄せた。つむじにかかる熱い吐息が「なあ……」と私の名前を呼ぶ。
「告白されたんだってな」
「え、誰に聞いたんですか」
「コアラ。それで、返事はどうした」
「オッケーしました」
答えるなり、背中に回された腕にぐぐ、力が込められ、思わず悲鳴が漏れた。とてつもなく痛い。
「面白ェ冗談だな」
「……声が笑ってないですよ」
「笑えると思うか」
腕の力がまた強くなった。とうとう背骨の軋む音がし始めて、私は慌てて声を上げる。
「嘘ですよ。断りました、ちゃんと。恋人がいるからって」
「当然だ」
「だからほら、腕を……いててて!ちょっと、なんでまた力入れるんですか!」
「お前が妙な嘘つくのが悪ィ」
珍しく拗ねた声音に、おや、と思う。
「妬いてるんですか?」
「妬くに決まってるだろ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、じわりと胸が熱くなる。人気者の総長に、普段はこちらが妬いてばかりなのだ。
総長は思う存分、私を締め付けの刑に処したあと、「とりあえず」とため息を零した。
「お前に告白した奴には話をつけておく」
「話をつけるって、」
いったい何を。問いただしたかったのに、かさついた唇にそれを阻まれてしまった。
触れては離れ、また触れて──繰り返される口付けは角度を変えながら、次第に深く、長くなっていく。間近に感じる吐息はやっぱりとても熱くて、くらりとする。
「総長、待って……」
喘ぎながらたくましい背中に腕を回せば、キスの狭間、彼が満足げに笑う気配がした。

長い夜が始まる / サボ

Seven

机上に書類の束を置いた両手は、「この始末書、会議までに片付けておいてくださいね」のついでに、重ねるようにこう言った。
「諜報部の双子が総長のこと好きなんですって」
おれは積み上げられたそれを一瞥しながら、「ん?」と聞き返す。
「なんだって?」
「諜報部の双子が総長のこと……」
一方、おれが手にする書類には、先だって壊滅させたばかりの組織で押収した武器の総計が、びっしりと連なっている。これをさる国で入手した情報と照らし合わせている最中なのだが。
「聞いてますか、総長?」
……これが非常にきな臭い。
ぴらり。紙の端をめくり上げ数列を目で追えば、案の定だった。数が合わねェ。そうなると──。
「総長ってば、お忙しいのはわかりますけど……」
「あァ、聞いた、聞いた」
「……確かに伝えましたからね。まったく総長はほんとうに、そういうの鈍いっていうか、なんていうか……」
呆れた様子の彼女がまだあったらしい紙の束を、さらにどすん、どすんと重ねていく。おれは消えたAK47の行く末を案じて顎を撫でさすりながら、「だってなァ」と応じる。
「おれ好きな奴いるんだよ」
「え?!」
「あ、やべ」
やっちまった、と顔を上げた時にはもう遅い。興味津々といった双眸がおれを覗き込んでくる。この追求を掻い潜るのは、さすがのおれでもいささか骨が折れそうだった。
目下取れる選択は二つ。今すぐこいつに告白しちまうか、誤魔化すか。答えはとうに決まっていた。
「相手が知りてェか?お前もよおく、知ってる奴なんだけどよ」
首を傾げてわざとらしく笑って見せれば、「なんだか怖いですよ」と一歩後ずさった女が、答えなんざ何も知らない純な瞳でおれを見つめ返した。

鈍いのはキミのせい / サボ

Six

「総長!どういうことですか!」
ドアを開くけたたましい音と、それよりも更に大きな怒鳴り声がして、おれはペンを持つ手を止めた。見れば、部屋の入り口に顔を真っ赤にした女がいた。おれの恋人だ。
彼女は怒りも露わにおれに歩み寄ると、もう一度「どういうことですか」と、声を震わせた。おれはわざと首を傾げてみせる。
「なんのことだか分からねェな」
「しらばっくれないでください!」
「だから分かんねェんだって。なんの話だ?おれでよければ相談乗るぞ。言ってみろ」
「信じられない……!」
そう言うと彼女は、右手で自身の髪を掻き上げて、そのうなじをおれに見せつけた。白い肌に浮かぶ、赤い痣。誰の仕業なのかは、もちろん、よく知っている。
「これ!見覚えがあるでしょう」
「おれがつけたからな」
それがどうかしたか? しらっと答えると、睨み付けられた。
「見られたんですよ?後輩の!兵士に!信じられない!なんてことするんですか!」
「別に構わねェだろ。おれとお前の仲なんてとっくに知れ渡ってる」
「私にも体裁ってものがあります!」
「おれにも恋人を可愛がる権利がある」
おれは立ち上がると、彼女の細い腰を引き寄せた。抵抗する腕を反対の手で押さえ込みながら、「それに」と続ける。
「ここにコレつけたの、今日が初めてじゃねェぞ」
途端に飛んでくる平手を、おれは甘んじて受け入れることにした。


うなじに咲くバラ / サボ

Five

「あなたのことは嫌いじゃないけれど」
そう前置きして、そいつはリボルバーのトリガーに指をかけた。黒い銃口がおれの脳天を指す。
こうして言ってみるとなかなかに危機迫った状況だと言えるが、おれは恐ろしくもなんともなかった。
だってそいつはさっきから、ぼろぼろと泣いている。すっかり見慣れたその鳶色の瞳から溢れて溢れて、川でもできるんじゃねェかってくらいに。
だからおれは、恐ろしさよりも愛おしさのほうで胸が詰まった。こんなにも彼女はおれを好きなのだ。
一歩、二歩。おれが足を動かしても、ほらな、弾丸なんざ飛んでくる気配もない。ただ狼狽えたようなまなざしをよこしてくる。来ないで、なんて細い声を震わせながら。
「それ以上来たら撃つよ…撃つから、ねえ」
「お前って嘘が下手だよな」おれはまた一歩近づく。
「嫌いじゃないんじゃなくて好きなんだろ。おれのこと」
よく頑張ったな。あとはおれが守ってやるから。向けられたピストルごと抱き締めてしまえば、精一杯強がっていた女はもうそこにはいなかった。

ピストルだって泣く& 嘘つきは5秒後に消える / サボ

Four

月の満ち欠けが人に及ぼす影響というのは、たとえばどういうものだろう。ホルモンバランスだとか体温の変化だとかはよくいうけれど、私の場合はどうにも、サボくんへの恋心に影響するみたいだった。
満月のときにはあれほど満ち足りていたはずなのに、新月へ寄るにつれてくすぶるような胸苦しさがして、いつもどうしていいのかわからなくなるんだ。不思議なものだね。
私がそうぼやくと、サボくんは手元の小難しそうな書類から目を上げた。いかにも呆れたふうの顔で。
「月の影響じゃねェだろ。お前が不機嫌になるのはいつだっておれがベロ・ベティと会ったあとじゃねェか、月例の軍議でよ」
無駄な心配しやがって。私の額を指先で弾いたサボくんの声はとてもやさしくて、私はなんだか胸がいっぱいになった。もうすぐ新月だというのに。

わたしの満ち欠けについて / サボ

Three

人の心なんて勝手なもんで、美味いもんは美味いしむかつくもんはむかつく、そうやって本人の理性なんかおかまいなしに思っちまうもんだ。
だから、おれがあいつを好きになったのだって、やっぱりおれにはどうしようもないことだった。たとえそれが対立する立場の相手だとしてもだ。
背中に「正義」をかかげる人種はどだい、革命軍だなんて聞くと眦を吊り上げて追いかけてくるものだが、そいつときたら意気地なしで、おれを革命軍参謀総長だと知ってもなお、おれに迫るどころか、真っ先に回れ右して逃げ出す始末だ。笑っちまうよな。
「いい加減逃げんのやめろよ、おまえ海兵だろ。職務放棄だぞ」
「革命軍ナンバーツーに勝てるだなんて思うほど、うぬぼれたことないですし」
「負けを認めるなら、うちに転職したらどうだ。給料けっこういいぞ」
「遠慮します。そんなことしたら、もう逃げる理由なくなっちゃうじゃないですか」
つんとそっぽを向くこいつの耳は、ちょっと無視できないほどに赤くなっていて、おれの自分勝手な心が、もしかして脈あるんじゃねェか──なんてざわざわと主張しだした。

そのバリアゆっくり剥がすから / サボ

Two

たくさんの男の人とこうしてきたけれど、やっぱりあなたの心臓の音がいちばん落ち着くわ。
ベッドの上で抱きしめていた女にこんなことを言われて、喜ぶ男なんざ存在するんだろうか。少なくとも、おれは腹が立った。
といってもおれにそうする資格はねェ。いろんな女を知ってんのはおれだって同じで、つい先だって入ってきたばかりの新人ナースに真っ先に手ェ出したのも、やっぱりおれだ。
いろんなかたちの、いろんな匂いをした女と寝てきたが、それでもおれがずっと抱きたくてしかたなかったのは、コイツだけだった。おれは何よりもそのことにむかついていた。
「エース、あなたはきっと、私が愛する最後の男性なのね」
おれはおめェの初めての男になりたかったよ。 そうすればお前の知る心臓の音だって、きっとおれのだけになってたはずだ。
もう手遅れだから、こんなこと言いやしねェけど。

心音コレクション / エース

One

私が幼なじみのサボくんと付き合っている事実は、第一級機密だ。なぜって、私がそう決めた。サボくんは「隠すとかわけわかんねー、めんどくせェ」なんて、不機嫌丸出しだったけれど、なんとか説得した。
彼は学校で一・二を争う人気者だ。当然女の子にもモテる。その女の子たちに、私が彼女です、と名乗り出るような勇気がなかったのだ。
それだから、私と彼の関係は表向き、ただのクラスメイトだった。ただのクラスメイトだけれど、くじ運のいたずらで席が隣同士になってからというもの、授業中に黒板へ向けられるその真面目な横顔を眺めるのが、私のひそかな楽しみになっている。
「おい、消しゴム落としたぞ」
差し出された消しゴムを受け取って、私はきょとんとした。これ私のじゃないよ、そう言って突き返そうとした手を、サボくんの手がぎゅっと握り込む。
「サボくん、なにを」
「しー。騒いだらバレちまうぞ。おれは別にいいけど、お前いやなんだろ」
そう言って、横目にこちらを見たサボくんは、とてもいじわるな顔をしている。繋がれた手は机の上にそっと着地して、そのまま互いの熱を交換する。心臓の音がばくばくと耳元でうるさくて、教卓に立つ先生の声はずっと遠い。
「隠れて付き合うのも案外悪くねェな」
囁く声に、私は真逆のことを考えた。
このかっこいい人は私の彼氏なんだって、みんなに自慢したい!……なんて、そんな勇気やっぱりないけれど。

てのひらから溶けていきたい / サボ


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