鶴丸国永が折れた。

 出陣より帰還した第一部隊はゲートをくぐるなり、誰ともなく審神者に告げた。六名編成だったはずの部隊員の頭数を数えてみれば、確かに一振り足りない。
 みな満身創痍だった。特に打刀である長谷部の傷は深く、左膝から先が斬り落とされ、だくだくと血を流している。一人で立つこともままならない。その長谷部を支える大倶利伽羅の腹部に空いた穴は、槍に刺されたか、短刀に抉られたか。

「……とにかく手入れ部屋へ。いつも通り重傷、中傷、軽傷の順に。重傷者には手伝い札を。済み次第、部隊長は──」

 言いさして、その部隊長こそが鶴丸だったことを思い出す。口を噤む審神者の視界にひらりと挙がる小さな手。

「主さん。ボクが話すよ」
「……乱。ですがまず先に手当てを」
「ううん。見て、ボクの怪我大したことないでしょう。鶴丸さんが庇ってくれたから。話しながら応急処置して貰えればそれでへいき。……やってくれるでしょ、薬研?」

 ふわりと笑んだ乱の視線が審神者の背後へ向く。縁側から飛び降りるようにして来た薬研が、ちらと審神者に目をやってから頷く。

「……わかりました。では乱、薬研。私について来てください。薬室がいいでしょう。薬研、あなたの治療道具がそこに揃っていますから」

 それからの本丸は慌ただしかった。もうじきに第二部隊も帰還するというのに、刀剣達を癒す手入れ部屋は四室しかない。それが時の政府のテクノロジーの限界だった。
 行き交う刀剣達の喧騒を背後に、一人と二振りは薬室へ入った。狭い部屋だ。埃臭い空気に所狭しと吊るされた薬草の匂いが溶け込んでいる。薬研は薬棚に乗せた薬箱を取ると、座卓前にどっかりと腰を下ろし乱を手招いた。
 おとなしく薬研に従った乱は、けれど治療を待たずに口を開く。

「阿弥陀ヶ峰の歴史改変の阻止はね、うまくいったの。寸でのところだったけれど、歴史は正しく流れてる。ボク達の確認した限りでは。
遡行軍は現地兵に扮して北畠勢を助力していたけれど、本星は佐々木道誉、細川頼春ら武将の暗殺。足利勢を撹乱して援軍の勢いを削ぎ、それによって北畠勢の京都への突破を成させるつもりだったんだね。それを……」

 カラン。高い音を立てて、薬研の手が摂子を脳盆へ戻す。露わにした乱の二の腕の創傷は、洗い流しても木屑など細かな破片が残り、それを摂子で取り除いたのだった。
 思いがけない相槌を得た乱はしばらく口を噤むが、気を取り直して審神者に向けた瞳の強さは揺るがない。

「それを、ボク達は事前に察知することができた。部隊を更に三手に分けて戦場で散開。それぞれ割り当てられた武将の暗殺を阻止するために動いたの。……ボクは、鶴丸さんと一緒だった」

 口を挟む暇もないまま、雪崩れるように紡がれる乱の言葉。その切迫したかんばせを審神者は静かに見ている。

「ボク達はとにかく駆けた。軍勢を率いた高師泰らは敗走する足利軍勢に合流。北畠勢と会敵。この混乱のさなか、遡行軍の刃が高師泰の首にもう少しで届きそうだった。でも、そこでボク達は検非違使に見つかっちゃったんだ。よりにもよって。
鶴丸さんはボクの代わりに斬撃を受けて……それで、鶴丸さんは……」
「……乱」

 両膝に置かれた乱の拳が震えるのを見て、薬研が小さく兄弟刀の名を呼ぶ。薬研のやんわりした制止を拒むように乱が頭を振って、尚も続ける。

「鶴丸さんはね、ボクを危ぶんで庇ったわけじゃないって。一刻を争うこの情勢下では、機動に優れるボクこそが先へ進むべきだって。殿(しんがり)はしんどいけれど、あとで落ち合うから、そうしたら俺の肩でも支えて本丸まで引き摺ってくれ、なんて……そんなふうに、笑ってたの」

 ふっと乱の瞳が遠くへ向けられる。固唾を飲んで見守る審神者より先を、閉じられた襖を透けて、戦場で零れた鶴丸の笑みだけを。乱は見ていた。
 見えない何かに頭を押さえつけられたように、のろのろと乱が俯く。薬研が乱の震える拳をそっと握った。どうして。か細い声がぽつりと落ちる。

「どうして……、鶴丸さんはいつもボクを守って折れるの? どの鶴丸さんもみんなそう。みんな……みんなみんな!! いつだって!!
……もう見たくないよ。ボク疫病神なのかな……ねえ、主さん。ボク胸が苦しくって仕方ないよ。どうしてこうなっちゃうのかな……わかんないよ……」

 鶴丸国永の破壊は、これで六振り目だった。

 わななく乱の背中を撫でる薬研に目配せして、審神者は薬室を出た。執務室へと向かいながら、審神者は罪悪感に胸が押し潰されそうだった。
 無理矢理に報告書の記述について思考を切り替えようにも、さきほどの乱の慟哭が鼓膜に焼き付いて離れない。頭の中で繰り返し叫んでいる。

────どうして、鶴丸さんはいつもボクを守って折れるの?

 執務室の戸口を前にして、審神者はふと自嘲に口の端を上げた。
 審神者は乱の問いの答えを知っている。




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