三兄弟(1) / 一人称 / 自由に
2020/01/16



- Side. S -


「エース!」
 気が付いたら、叫んでいた。すれ違う人々が怪訝そうな顔でおれを見る。おれはそんな視線に構わず街道を走り出して、もう一度、「エース!」と、縋るような声で言った。
「待ってくれ、エース、おれだ!」
 十字路を渡る背中に追いつく。
 おれよりやや低い上背の男は、その癖のある黒髪を揺らしながら、ゆったりと振り向いた。そばかすの浮いた、垂れ目がちの顔。ああ、とおれは思う。
 やっと兄弟に会えた!

 おれには前世の記憶があった。
 それは息が詰まるような貴族社会に始まり、ゴミ山での生活や、全身を焼く砲撃の凄まじさ、戦場に満ちる砂塵と硝煙の入り混じった臭いを、幼いおれに教えてくれた。
 どれも、十九まで生きたこの体では、知ることがない景色ばかりだった。
 前世のおれには、何よりも大事な絆があった。兄弟だ。血の繋がりこそないが、それよりもなお強い絆で結ばれた、二人の兄弟。
 コルボ山で育まれた絆は、けれど、今生では続いていなかった。
 おれは二人に会いたかった。
 会ったらまた杯を交わして、そうしたらもう二度と、あいつらのことを忘れやしない……。そう、固く誓った。
 それからあちこちを探した。家の近所はもちろん、隣の街も、その隣の街も、県をいくつも跨ぎながら、砂礫の中にある一粒の宝石を求めるように、くまなく探した。
 二人はどこにもいなかった。無常に過ぎゆく日々は味気なく、焦燥が胸を焼く。もしかすると、エースとルフィは、この世界にいないんじゃねェか。
 雑踏の中に、エースの背中を見つけたのは、その矢先のことだった。

 おれに呼び止められたエースは、そばかす顔いっぱいに不審を浮かべていた。
 まるで感情を隠す気がないのも、エースらしくて、つい口許が緩む。
「なあエース。おれのこと、覚えてねェか?」
「いや。悪ィけど、全然」
「そうか……」
 おれのようには、前世の記憶を持たないらしい。おれは続ける。
「驚かせてすまねェな……。でもおれは、お前を知ってる。……少し話せないか?」
 エースが眉根をぐっと寄せて、まじまじとおれを見る。
 足の先から頭のてっぺんまで、とっくりと観察してから、エースは「いいぜ」と軽く頷いた。

 交差点から見えるこじんまりとした喫茶店。
 そのテーブル席に、おれとエースは向かい合って座った。
 おれが「なんでも好きなもん頼め。奢るよ」と言うと、「じゃあ遠慮なく」、エースは片っ端からメニューを読み上げた。
 そうして、卓上には一分の隙もないくらい、あらゆる料理が並べられた。デミグラスハンバーグ、エビのピラフ、厚切りのヒレカツサンドイッチ、特盛のペペロンチーノ……その他、諸々。
「本当はよ、ペペロンチーノはブートジョロキアっつーのが好きなんだがな。どこもあんまり、置いてねェんだ」
「へェ……」
 行儀がいいとは言えない仕草で、エースは次々と料理をかっ込んでいる。おれはそれを頬杖して眺めた。
 料理はものの数十分で、綺麗に消えた。 
 すっかり引き気味のウェイターに、締めのオムハヤシライスを頼みながら、エースがようやくおれに目を向ける。
「それで? おれに用があるんだろ?」
「ああ。……もういいのか?」
「まァ、腹一杯食ったし。話くらい聞いてやる」
「そうか。それじゃあ、少し長くなるが……」
 そう言って、おれはコーヒーで口を湿らせた。
「まず、おれの頭はいたって正常だってことを、念頭に置いてくれ」
「あァ?」
「おれとお前は、前世で兄弟だった」
 エースは、手にしていたコップをテーブルに置くと、立ち上がった。
「帰っていいか?」
「まだオムハヤシライスが残ってるぞ」
「そうだった」
 エースは着席した。
「おめェ……アー……何だ? 宗教だかスピリチュアルだか、知らねェが……」
「心配しなくても宗教勧誘じゃねェよ。おっ、来たぞ、オムハヤシライス」
 エースの目が輝く。ほかほかと湯気の立ち上るオムハヤシライスを前にすると、おれへの不審など、どうでもよくなったようだった。
 おれはエースにスプーンを差し出しながら、もうひと口、コーヒーを飲む。
「それ食いながら、聞けよ。おれとお前は……」
 言葉を連ねながらおれは、あの懐かしい記憶の数々を、脳裏に描き始めた。




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