サボとエース / 一人称 / 自由に
2019/12/20



 夜、ベッドで横になりながら、おれは考える。
 今夜もまた、エースに会えるのだろうか。
 夢の中での話だ。この二年間、毎日のようにおれの頭に忍びこんでくるもの。それは淡く郷愁じみたコルボ山の景色だったり、昔行った国のどこかの街中だったり、果てのない海をゆく船の上だったり、その時折で、さまざまな場面におれは立っていたが、絶対に変わらない存在があった。
 それがエースだった。コルボ山の地面や、船の甲板に立つあいつの姿を見るとき、おれはいつだって、あいつの全身から、笑顔から、力強い生命のほとばしりを肌で感じた。
 エースは生きている。夢の中のおれにとっては、それこそが本当だった。その世界に死の影はなかった。ただ光に溢れていた。大人になったあいつの笑顔はまるで眩しい太陽のようだと、おれは思った。
 泣き出しそうな喜びに身を浸しながら、おれはエースに駆け寄る。
「エース! お前なんだな。おれ、お前に話してェことがたくさんあるんだ……」
 震える声でそう言ってしまえば、あとはガキみてェにはしゃぐばかりだった。
「お前大きくなったな。旅はどうだ? 世界はやっぱり広いか? エースはすぐ無茶するからな、お前を諫めてくれるようなしっかりした仲間作れよ。ああ、そういや、七武海の勧誘蹴ったんだって? お前らしいよな……。ルフィは、おれたちの弟は元気でやってたか?」
 立て続けに話すおれに、エースはいつだって笑顔で頷く。ニッと歯を見せながら目を細めるさまは、手配書の写真よりもずいぶんと穏やかで、おれはまた嬉しくなる。
「お前にもいろいろあっただろうが、おれだってなかなかのもんだぞ。訳あって海賊にこそならなかったが、それと同じくらい、自由に満ちた生活だ。尊敬できる人や、頼れる仲間もできた。ルフィの親父さんもいるんだぞ。驚きだろ? あんまり、似てねェんだけどな。ああ、エース、お前にも紹介してやりてェなあ……」
 途中から声が湿り気を帯びてきて、ようやくおれは、これが夢だと気がつく。さっきからエースが頷いてばかりで、ちっとも喋らないのがどうしてなのか、分かってしまうからだ。
 おれは大人になったエースの声を、知らなかった。
 気がついてしまうと、もう駄目だった。人の行き交う街頭が、コルボ山の豊かな緑が、しぶきを飛ばす広い海が、蝋燭のように溶け出して、おれとエースの足下に、どろりと滑り落ちていく。
「やめてくれ!」と、おれは抵抗する。しかしそれはいつも無駄に終わった。
 やがて滲みゆくあいつの姿を、せめて目に焼き付けようとして、おれは両目をいっぱいに開いた。視界にかすかに映り込む、睫毛の一筋ですら、邪魔で仕方なかった。
 エースはもうほとんど、形を失っていた。上も下もないような真っ白な空間で、あいつの笑顔だけがかろうじて、まだ残っていた。
 おれはそうなってからようやく、一番伝えたかった言葉を、口にした。
「なあ、エース……、助けてやれなくて、お前のこと忘れちまって、すまねェ……」
 エースは何も答えてくれなかった。
 そしておれはベッドの上で目覚める。たいてい、夜が明ける前だった。室内は暗く、あえぐように吸い込んだ空気は、氷のようだった。身体も服もシーツも、汗で濡れていて重たい。ばくばくと胸を叩く心音は激しく、おれを責め立てていた。
 おれはエースに、許して欲しいのだろうか。
 分からなかった。
 窓の外を見る。重苦しい夜の闇が、バルティゴの白い景色を押し潰すように広がっていた。空に浮かぶ月の輪郭はか細く、指先で弾いたら、ほろりと崩れてしまいそうなほどだった。遠く向こうの地平線には、薄明が滲んでいた。
 もうすぐ、夜が明けるのだろう。
 陽が昇ったらおれは、いつものように一日を過ごす。ハックやコアラと言い合い、ドラゴンさんの横顔を見て、兵士に指示を出し、メシを食い、風呂に入る。
 そうして一日を終えてから、このベッドに戻って来て、ふと考えるのだ。
 今夜もまた、エースに会えるのだろうか。
 きっと会えるのだろう。おれがおれを責め続けるかぎり。おれはそれが嫌じゃなかった。たとえ儚くとも、一瞬であったとしても、あいつが生きている姿を見られるのなら。
 おれは目を閉じる。エースの姿を思い描く。大人の姿をしたエースはやっぱり、何も言わずに、笑っていた。




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