「お前って、兄者のこと好きだよなぁ」 「勿論です」 手合わせの合間の小休憩。 少しばかり覚悟して聞いた問い掛けに返ってきた返事は思っていたよりもずっと明快で、張飛はあれと首を傾げた。 予想では、顔を赤くしてどもりながら否定する趙雲をからかうはずだったのに。 「なにか、おかしかったでしょうか?」 「あぁいや、おかしくはねぇけど」 「?」 なにやら釈然といかぬ顔をしている張飛を見て、趙雲もこてんと首を傾げる。 その仕草は普段と変わるところが全くないごく自然なもので、どこにも照れや恥じらいは見えない。 益々首をひねる張飛に、趙雲は不思議そうに口を開いた。 「大体、張飛殿だって殿をお慕いしているではありませんか。なにを今更」 「それだ!」 「はい?」 ようやく合点のいった張飛は、突然の大声に目を白黒させる趙雲を置いて一人でうんうんと頷いた。 つまり自分の聞き方が悪かったのだ。 あまりにも直球に聞きすぎて鈍感な趙雲には通じなかったのだろう。 納得した張飛は、ぱちぱちと瞬く趙雲の目の前にびしりと人差し指を突き立てた。 「そうじゃなくて、兄者を恋愛対象として好きだろって話だ!」 今度こそ慌てふためきながらばればれの否定をしてくるだろうという張飛の予想は再び外れた。 趙雲は本当に訳が分からないという顔で小首を傾げてから、張飛を気遣うようにあからさまな愛想笑いをしてきたのだから。 「……あれ?」 「張飛殿が何を言いたいのか、いまいち理解できないのですが」 「いやいやだってお前、兄者好きだろ」 「それは、劉備殿は素晴らしい主ですから。しかしだからといって、恋愛感情ではありません」 「いや、だって、あれ?」 「なにを見てそんな勘違いをなさったかは分かりませんが…」 趙雲はそう言うけれど、張飛だって馬鹿ではないのだ。 初めてそう感じた時は勘違いだと思ったが、それからよくよく劉備に対する趙雲の態度を観察してから確信した。 端から見ればただ主を慕う臣下の姿の中に、確かにそれ以上の熱情を見たのだから。 知られたくない一心からの演技かと張飛は疑ってみたけれど、そんな器用なことができる趙雲ではない。 やっぱり自分の勘違いなのだろうか、そう思いはじめた張飛が顔をあげると、趙雲は何故か張飛の後ろへ視線をやっていた。 その瞳の中にほんの一瞬だけ、静かに揺らめく深く熱い感情がちらりと見えた。 張飛が確信を持った、瞳だった。 「なんだ、手合わせをしていると聞いたのに休憩中か」 聞き慣れた声に慌てて振り返ると、今の今まで話題にしていた劉備が腰に手をあてて立っていた。 話していた内容が内容だけに、張飛は思わず悪戯の見つかった子供のようにばつの悪い顔をしてしまう。 気づいた劉備はおやと顎に手をあてた。 「私に対する不満でも言っていたのか」 「ちっ違うって兄者!」 「ではなんだ?」 「えー…と、それは」 まさか素直に白状する訳にもいかない。 なんと誤魔化そうかと歯切れの悪い張飛に、劉備の疑いの眼差しがびしびしと突き刺さる。 大体張飛は上手く嘘がつけるような人間ではないのだ。 そんな張飛を助けるように、横から趙雲が穏やかな声で劉備を呼んだ。 「殿、別にやましい話はしておりません」 「なんの話だ?」 「殿の話をしておりました」 「っ!?」 馬鹿正直な趙雲に張飛は焦った。 まさか先ほどの話をそのまま伝えるわけはないと思うけれど、今の趙雲は張飛の思う通りにはさっぱり動いてくれない。 そんな張飛の心情を知りもせず、劉備の懐疑的な視線を受けた趙雲はにこりと微笑んだ。 「私たちが殿をどれだけお慕いしているか、と話しておりました」 確かに間違ってはいない。 けれどどこか間違ってる。 なんと言えばいいのかいまいち計りきれなかった張飛は、横目でちらりと劉備の様子をうかがった。 少し高いところから二人を見下ろす劉備は、何故か安らかな微笑みを浮かべていた。 「……張飛、そんなに私が好きだったとは知らなかったぞ」 「いや違うっ!あ、いや、違わないが、違う!」 「照れているのか。可愛い奴だ」 明朗に笑う劉備となにかに葛藤する張飛の姿を笑顔で眺めていた趙雲は小さくほっと息をついた。 いかに張飛と言えど、この感情に触れては欲しくない。 自分ですら、知るのを躊躇っているというのに。 それでも目を細めて笑う劉備を見ていると、胸のどこかがじりりと焼け付くように痛むのだった。 この思いに名前をつけてはいけない (それを知れば、きっと今の関係には戻れない) あとがき ヒマリさんの作品を見ていたら張飛を書きたくなって出してみました。 張飛は劉備が誰とくっついても祝福してくれる気がします。 趙雲が自分の気持ちに気づきたくなくてうじうじうだうだ悩むのは私の中ではデフォルトな趙雲像です。 この祭の中で、おせおせな趙雲も書いてみたいです。 ありがとうございました。 ゆきうさぎ(05/23) |