「兄者…大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか翼徳…」
「…………」

いや全然まったく見えないな。
張飛は心からそう思ったけれど、右隣に立つ常よりも顔色を悪くして目を据わらせた兄に素直にそう伝えるほど馬鹿ではなかった。

特定の後ろ盾を持たぬ流浪の身である劉備率いる義勇軍にとって、世間の情勢は押さえておかなければならぬ重要な事項である。
その為、劉備・関羽・張飛の三義兄弟は連れ立ってとある町を訪れていた。
街道の要所に位置する町は活気あふれ、三人はそれなりの成果を手に入れてから今日の宿を探すことにした。

問題は、そこで起こった。

「是非うちと飲みましょ。ね、いいでしょう?」
「いや…その」

三人は元々血の繋がらない兄弟だから、見た目は全く違う。
劉備は剣を握る前は一介の草鞋売りに過ぎなかったため、体格は人並みでその表情は性格が滲み出ているように和やかだ。
対して早くから荒事に自ら関わっていた関羽と張飛はずば抜けた肉体を持っている。
けれど張飛がざんばらの髭に覆われた荒々しい顔付きをしているのに対し、長く真っ直ぐに伸びた美しい髭を持つ関羽の表情は、戦場以外では渋みある穏やかなものであった。
そんな関羽だから、三人の中では誰よりも人目を引いた。
そして、三人の中で誰よりも、女にもてた。

「つれない返事ぃ」
「すまぬ。しかし…」

宿屋街を目指す劉備たちに絡んできたのは着物の襟を着崩した、多少化粧は濃いものの、首筋にかかるほつれ髪の艶めかしい女であった。
彼女は声をかけてくると素早く関羽の逞しい腕に自分のものをするりと絡めた。
その時点で、張飛は嫌な予感に顔をしかめたのだった。
案の定、関羽にべったり寄り添った女は妙に親しげに誘いをかけはじめた。
きっと同じように気に入った男に声をかけているのだろう。断られることなんて想像もしていないような話し方が鼻についたが、美人は美人だった。

けれど、関羽はすぐ誘いに乗るそこらへんにいる男とは違った。
やんわりと、けれどはっきり否と女に告げた。

「なんでぇ?男三人なんて、つまらないでしょう」

確かにいい年の男三人組なんて端から見ればむさ苦しいだけであろう。
しかし違うんだ姉ちゃん、と張飛は胸の中で女に突っ込んだ。
張飛の兄二人はもちろん義兄弟の仲だけれど、もっと親密な、恋人と呼ばれる仲でもあったから。

その話を二人から聞いた時、勿論驚きはしたが、張飛はそれよりも祝福の気持ちの方が大きかった。
本人達は気付いていなかったけれど、義兄弟の契りを結んでからずっと、お互いに意識をしていたことを張飛は知っていた。

だから、二人が付き合い始めた時は胸のつかえがとれたようにほっとしたものだった。
けれど現実なんてそんなに簡単にいくものではない。張飛の一時の安堵はすぐに消え去った。

劉備と関羽にとって、張飛もかけがえのない存在なのは事実(だからこそ打ち明けてくれたのだろうし)
そのためか、張飛はいつの間にか二人の相談相手という役目を手に入れていた。
張飛にとっては些細なことも劉備と関羽にしてみれば大事のようで、張飛は劉備が意外に嫉妬深いとか関羽は存外奥手なのだと知った。

その経験から考えて、いま目の前の状況は限りなく危険であった。
関羽と女のやり取りを張飛の隣で微笑みながら眺めている劉備をよくよく見れば、頬が引きつっている。
張飛は嫌な予感が的中したことに空を仰いで嘆いた。
劉備の我慢は実はそれ程長くはない。
それまでに関羽が女を断りきれるかは、危うかった。


そして、冒頭に戻る。


(兄者なんとかしてくれ…!)

隣から漂う威圧感に堪えきれず、張飛は関羽をぎりぎりと睨みつけるように見た。
しかし、女の対応に手一杯の関羽が気づくはずもなく。
焦燥に冷や汗を盛大に流していた張飛の腕を、それまで無言だった劉備が突然がしりと握りしめてきた。

「あ…兄者…?」
「………翼徳」

見上げてきた劉備は頬の引きつりもなく綺麗に笑みを浮かべていたけれど、握られた腕にかかる力は半端なものではなかった。
はっきり言って、痛い。

「私は、宿を、探して、くる」

一語一語切って言ってきた劉備は関羽に背中を向けると反対方向に向かって足音高く歩きだした。
そちらは宿屋街ではないと伝えようとしたけれど、怒りに震える背中は張飛の言葉を受け取ってくれるとは到底思えなかった。
小さくなる背中に怯んだ張飛がうろたえている隣を、さっと風が通り過ぎていく。
驚いて目をやると、珍しく焦燥の色を浮かべる関羽が劉備の背中を追いかけて行くのが映った。
後ろを振り返れば、呆気に取られた表情の女がぽつりと立ち尽くしている。
関羽も彼なりに劉備を気にかけていたのだろう。
見えなくなってしまった不器用な兄二人にやれやれと溜め息をつきながら、張飛は女に近づいていった。

暫くすれば、二人揃って気まずそうな苦笑を浮かべながら帰ってくるはずだ。
今までだって、そうだったのだから。
そんな二人の為に、いま張飛ができることはたった一つ。

「なぁ姉ちゃん。この辺に酒の美味い宿ねぇか?」


ガーデニアの胸飾りを君に贈る


(すまなかった、翼徳…)

(はいはい。酒は二人のおごりな!)


title by AC



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