「逃げるか、劉備」
「は?」


ぐたりと背中にもたれ掛かった孫堅の言葉に、劉備は眉間に皺を寄せて答えた。
一体どんな表情でそんなことを言っているのか見ようと首を捻っても、劉備の目に入るのは肩に顔を押し付けている孫堅の耳元だけだった。


「突然なにを…」
「よくよく考えてみたんだが」


軽く無視して話を続ける孫堅に眉間の皺を増やしながら、それでも劉備は大人しくその場に座っていた。
いつも豪胆な孫堅の珍しい弱気な言葉に、多少心乱されていたから。


「俺はお前がいれば、別になにもいらないかもってさ」
「…かもって、なんですか」
「かもはかもだ」


なぜか偉そうに言い切った孫堅に、劉備は堪えきれずに吹き出した。
しおらしくしていたかと思いきや、いつもと変わらぬ不遜さが言葉の端々に滲み出る。

まるで、我が儘な子供のようで。

劉備はぺしりと孫堅の頭を叩いて肩からどかすと、叩かれたことに不満げな孫堅の顔を覗き込んで小さく微笑んだ。


「私も、貴方のそういうところは、好きですよ?」
「はってなんだ。はって」


にげてしまおう


(ふたりで生きてゆけるあの果てまで、)


(そう思ったのは嘘じゃない)




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