「今日が何の日か、ご存知か?劉備将軍」

二人きりの陣幕。

壁際に置かれた長椅子に横たわりながら、いつもの薄い笑みに少しだけ面白そうな色を足した表情の仙人の問いかけに、劉備は首を傾げて答えた。

「特に覚えていることはありませんが…」

なにかありましたか。

と記憶を探ってから問いかけると、太公望はいつになく気分が良いのか、ふふんと鼻を鳴らした。
どことなく楽しげな様子に、劉備は不思議そうに太公望を見つめる。

「今日は西洋では年の終わりにあたるらしい」
「はぁ…」

遠呂智が違う次元を合わせて作り出したこの世界では、時も暦も今までのものは通用しなくなっていた。
そんな、自分のいる場所のことすらよく分からないのに、西洋の話をされても困る。
劉備は困惑しながらも相槌を返した。

「それ故に死者の霊魂が親族のもとを訪ねたり、人の身にあらぬ者がさまよい歩くと言い伝えられているらしい」
「それは…」
「くく。興味深いかい?」

もしそれが本当ならば、随分と悪趣味である。
死者の国に旅立った者には会えぬのが世の常。
それを曲げているのだから、なにがしらの悪意がそこには存在するのだろう。
しかもそんな現象が年の終わりに。

「本当、なのですか?」
「さぁ。信じるか信じないかは、人の勝手だろう」

仙人たる太公望ならば真実を知るだろうに、劉備の問いかけに返ってきた答えはひどくあっさりしたものだった。

「しかし、それすらも娯楽に変えるのが人の子の強さかもしれんな」
「娯楽というと?」
「その伝承に因み、子が妖魔に扮装し近場の家々を周り甘味を求める行事があるそうだ」
「それは可愛らしい。けれど、それで魔が祓えるのでしょうか…」

訝しげな劉備の言葉に、太公望の口がにやりと楽しそうに歪んだ。
珍しいその笑みに劉備が呆気にとられている間に、気付けば太公望は長椅子から離れ劉備の目の前に立っていた。

「では、試してみようか」
「太公望、殿?」
「魔が祓えるか、どうかを」
「っ!」

太公望の白く細い指がゆっくりと劉備の頬をなぞる。

急に間近に来られて、そんな事を言われても。
普段見れぬ笑みに生まれた戸惑いに拍車がかかるだけだ。
しかし太公望は本気な様子で、付き合わなければ解放はないと目が語っている。

「そんな…、」

どうやら太公望は妖魔役のようで、
(彼は仙人なのだし、当たらずとも遠からずではある)
それならば劉備は彼に甘味を渡さなければいけないのだけれど、生憎近くにそんなものはなかった。

そんなこと、いつも劉備の陣幕に入り浸っている太公望なら知っているはずなのに。

「甘味なぞ…ありません」
「なら、仕方ないな」
「え」

ふいに近づく紫苑の瞳。
前触れなく触れた唇に、劉備は呆然とその瞳を見つめることしかできなかった。

「ふふ。抵抗もなしか」
「っ!!太公望殿!」

しばらく後に漸く離れた唇が紡ぐからかいを含んだ言葉は、劉備を正気に戻し頬に血の気を上らせた。
確かに劉備と太公望はそういうこともそれ以上もする関係だけれども、馴れぬ劉備は不意をつかれるのに弱い。
劉備は恥ずかしさに眉を寄せて目の前の青年を不満そうに見つめた。

「仕方ないのだよ、劉備将軍」
「なにがです!」
「甘味が用意できぬ者は、代わりに悪戯を受けなければならぬのだから」
「な…っ」

そんな話、聞いていない。

続く言葉は塞がれた口内でもがりと奇妙な音になって、消えてしまった。


Trick or treat?


(もう少し、悪戯をしてもよろしいか?)




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