夕日が湖面に移り、暖かく柔らかなオレンジが天も地も、辺り一面を包み込んだ。 その幻想的な様子を見逃すまいというように見つめている劉備に、隣に立ち同じように陽を見ていた趙雲は小さく声をかけた。 「殿」 「どうした?」 視線を夕日から外した劉備の顔も瞳も陽を受けて、いつもと同じ笑顔のはずなのに眩しいそれに趙雲の鳶色の瞳は自然に細くなり、優しげな笑みを浮かべた。 それにつられるように、劉備もにこりと浮かべた笑みを深くする。 「綺麗…ですね」 「あぁ。できることなら、ずっと守りたいな」 一体いつ戦が起こるのか分からない時代。 もしかしたら明日には、この心安らぐ場所も戦火に巻き込まれるかもしれない。 劉備の言葉に、趙雲は頷いた。 それから、ふと思いついたように首を傾げる。 「殿は、願い事はありませんか?」 「どうした、いきなり。お前も知っているだろう」 苦笑を漏らしながらも劉備は趙雲の問いに答える。 蜀の大望は漢王室の復興。 それは趙雲もよく分かっているはずだった。 けれど趙雲はふるふると首を横に振る。 「それは、国としての望みです。殿の個人としてのものではないでしょう?」 「…そうか」 劉備はぽんと手を打った。 剣を手に取り立ち上がった時から、漢王室の復興だけを掲げて走って来た。 だから、自分のことを顧みる時間などないに等しかった。 「改めて聞かれると…困るな」 「私にできることなら、言ってくださいね」 「ふふ…考えておくよ」 ありがとう。 囁かれた言葉に、趙雲は微笑んだ。 「あぁ…望みが出来たよ、子龍」 何かを求めて揺れる手のひらを、温かい別の手のひらが包み込む。 目を開けて相手を見たかったけれど、重くなった瞼は劉備の言うことを聞いてくれなかった。 それでも、劉備は最後の力を振り絞って笑顔を作った。 「私は…、」 最後にお前が笑えばいい 笑顔を作れたのか、趙雲には分からなかった。 title by ニルバーナ |