「ほい、おみやげ」

ばさりと目の前に差し出された物に私が向けた表情は、我ながら見事なしかめ面だったと思う。
しかし前田慶次は意に介した様子も見せずに、私に差し出したのとは逆の手に抱えていた花瓶を畳の上に置いてにこにこと笑っている。
相変わらずの間抜け面に嘆息がこぼれるのは仕方のないことだろう。

「なんだそれは」
「桜の枝だよ、見てわかんない?」

分かるわけがない。
前田の持つそれは只の折れた枝で、つまりは塵だ。
花でも咲いていれば桜だと判別できたかもしれないが、枝の先に宿る蕾はきつく結んだままで、その本来の姿を晒す機会は失われてしまった。
私がそんなものを判別できるような人間ではないことぐらい、よく理解しているだろうに。
そんな思いを乗せてじろりと前田を睨み付ければ、呑気な顔はやはり気にした素振りも見せずに「やっぱ分かるわけないか」等と失礼なことを宣ってからからと笑い声を上げた。

「来る途中にさ、落ちてたんだよ。多分の昨日の大風のせいじゃないかと思うんだけど」
「…では貴様は途中からその枝を片手に馬を駆ってここまで来たのか」
「そうだよ」

素直に頷く前田に、その姿は随分と滑稽だったのだろうなと簡単に想像できてしまって頭が痛くなる。
いい加減落ち着いた所作を身につけてもいい年だろうに。
しかしそういえば、武田の騒がしい輩に比べれば可愛いものだが、前田の血縁者も賑やかというか五月蝿い人間ばかりだった気がする。
ならば最早どうしようもないのかもしれない。
再びこみ上げる嘆息を吐き出して、何が楽しいのかしまりのない表情の前田からその手の塵に視線を移した。

「何故、ここに持ってきた」
「おみやげだって言ったろ?三成にあげようと思って」

そう言って、前田は花瓶に折れた枝を適当に生けてみせた。
まさかこいつは私を馬鹿にしているのだろうか。自然と眉間に皺が寄る。

「そのような塵、いらん」

明確な拒絶にも前田は気分を害したりはしない。
むしろ、まるで半兵衛様が秀吉様を見つめておられた時のような眼差しを向けてくるから、自室にいるというのにひどく居心地が悪くなる。

「これは、塵なんかじゃないよ」

そう呟く前田の声は、普段のふざけたものとは違う響きを持っていた。

「木ってさ、すごい逞しいんだぜ?こんなふうに幹から離れちまった枝だって、水に浸けてやればちゃんと花を咲かせられるんだ」
「花が…咲くのか」
「あぁ。こいつはまだ、頑張れるよ。支えてくれる幹が無くなったって、一人で頑張れるんだ」

だからやるよ、と花瓶ごと差し出された枝に、私は自然と手を伸ばしていた。
触れた枝は想像通り、いや、思っていたよりもずっと頼りなくて少し力を込めれば簡単に折れてしまうだろう。
けれどまだ、生きているのだ。
この頼りない枝は、確かに生きているのだ。
偉大なる背中を失ってしまった私と同じように。

「花が咲いたら二人で花見しような!」

破顔しながら前田が言う。
それに私は決して頷きはしなかったけれど、首を横に振ることもなかった。


色は匂へど散りぬるを


(確かに花は咲き誇る)



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