(夏田)


はじめて身体を繋げた時、田沼は泣いた。
垂れ目がちの黒いつぶらな瞳からぽろぽろと零れる涙はそれはそれは綺麗だったけど、そんな事を悠長に考えている余裕はなかった。
なにしろ、俺たちは男同士なのだ。
それを無視して無理やり抱き合って、受け入れる側になってくれた田沼に負担がかからないはずがない。
それに加えて俺も田沼もこんな事するのはじめてで、何もかも手探り状態だったし。

それから、もうひとつ。

好きだと伝えたのも、こういう関係になりたいと我が儘を言ったのも、全部、俺からで。
もしかしたら田沼はただ断りきれなかっただけかもしれない。

この涙はその証かと、事は全て終わってしまっていたからぞっとした。
もし嫌われたらどうしよう。
いくら青少年といえども欲望に忠実すぎては駄目だったのだ。
嫌な予感に胃の底がぐるりと回って気持ち悪くなってきて、誤魔化すように慌てて口を開いた。

「た、田沼」
「ん…なに?」

でも返ってきたのはいつもと変わらない、いや少し気だるそうな返事だった。
自分の状態に気付いていないのだろうか。頬に触れて教えてやると、田沼は漸く自分が涙を流していることを知ったみたいで目を丸くした。

「俺…泣いてる?」
「…泣くぐらい、嫌だったのかと」
「ちっ…ちがう」

首を振って否定する田沼に、じゃあなに、と首を傾げる。
ゆっくりと瞬きをして少しだけ躊躇うような素振りを見せた田沼は、俺が不安にかられる前に小さく微笑んで手を伸ばしてきた。
頬に触れた手は暖かくて、何故かほっとしながら話の続きを待つ。

「…その、なんていえば、いいのか」

自分の見ている世界を理解してもらえなくて、途中から同意を得ることを諦めてしまった俺たちだから、口下手なのはお互い十分に分かってる。
だから俺は、たどたどしい田沼の言葉を急かそうとは思わなかった。
むしろ、そうやって伝えようとしてくれる行為が、嬉しい(惚れた弱み、なのだろうか)

「嬉しくて」
「え」

偶然だろうけれど、思っていた事と同じ言葉が田沼の口から出てきて驚いた。
これだけでも幸せに感じる俺は大分頭がやられてるのかもしれない。
田沼はそんな俺に気がつかなかったのか、少し照れくさそうにふわりと微笑んだ。

「夏目ほどでは、ないけれど。これまでの人生で色々とあったから。人と交わろうという意識が、俺はとても薄いと思う」

だから、
と続ける田沼に、かっと胸が熱くなる。
考えて考えて出てきた田沼の言葉はいつだって優しい。
きっと今から田沼は俺にとてもいい事を言ってくれる。
予感じゃない、確信だ。

「こうして……あの、好きに、なれる人が出来て、その人が俺を受け入れてくれるのは、とても嬉しい」

不安になるなんて、なんという馬鹿なことをしたんだろう。
いくら自分から言ってくれなくたって、田沼だって沢山考えて俺を選んでくれたのに。
なんだか、泣きそうになった。

「幸せでも、涙って流れるんだな」

いまの俺にぴったりな台詞を涙の残る瞳で笑顔を作りながら言った田沼に、堪えきれなくなって手を伸ばした。

ああ、俺はほんとうに、お前のことが、


つまり君がいることが最上の幸福


(好きなんだ)



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