「好きだから」
「は?」
「小十郎さんのこと、好きだからだよ」

まっすぐに俺を見つめてくる琥珀色の瞳は、見たことがないくらいに真剣な色をしていた。
つまり、この言葉に嘘偽りはないということで。そうであるならば、俺が取るべき行動はひとつ。

「出て行け」

その一言と共に、俺は前田慶次を部屋から放り出した。




それが、四ヶ月ほど前のことだ。
いつの頃からか奥州に入り浸るようになっていた前田の風来坊は、なぜだか俺の後ろをついて回っていた。
国に害をなすような輩ではなかったし、多少馬鹿をしたりもするが自分の立場をきちんとわきまえてもいたし、何より政宗様が良しとしておられたから、無理に追い出すようなことはしなかった。
だが、それも俺に関係がない所で騒ぐなら、だ。
さすがに政務中はどこぞに姿を消しているが、余暇に鍛錬に食事に風呂にまでもついてこられたら、一応は客という身分を忘れてぶん殴りたくなってくる。
いや、一度俺の畑にまでずかずかと入ってきたときには渾身の拳をくれてやったのだが。
とにかく、前田慶次が奥州に来るたびに俺の心痛はとどまるところを知らなかった。
だから、聞いたのだ。
「何故お前は、そんなにも俺にまとわりつくのか」と。
まさか、「好きだから」なんてばかげた答えが返ってくるとは思いもしなかった。
まあ好意を持たない人間に付きまとうほどあいつの性格はひねくれちゃいなかったから、好かれているというのは想定の範囲内なのだが。
ただそこに、情とか欲とか、そういうもんが含まれているなんて考えはなかったのだ。
確かにあいつは愛だ恋だ五月蝿かったが、それは男女のもんだとばっかり思っていた。
一応言っておくが、俺にそういう趣味はない。
そんな訳で、俺はあいつを部屋から追い出したのだ。悪かったなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
変な期待を持たせるぐらいなら、そんな気はないとはっきり言ってやったほうがあいつのためでもある。後悔なんてしようもない。
そう思っている、はずなのだが。

「…はぁ」

どうにも上手く頭が回らず、俺は手にしていた筆を卓の上に転がした。
四ヶ月前のあの日から、前田は奥州に一度も姿を見せていなかった。
日の本のいたるところに知人や友人のいるあいつは、加賀の前田家を一応の拠としているが、基本的にふらふらと風のように気ままに旅をしている。
だから元々入り浸るとは言っても、一月に一度、九州に足を伸ばした時などは、二月に一度ぐらいの頻度での逗留だった。
それが、前回の訪問からすでに四ヶ月も経ってしまっている。
政宗様に「そういやあいつ最近見ないな」と言われたのは一週間前。
他の奴等だって、習慣のようになっていた風来坊の訪れがないことに徐々に違和感を覚え始めている。
そのうちの一人が、認めたくないことこの上ないのだが、この俺だ。
いま向き合っている仕事は、わざわざ部屋に持ち込むほど急を要するものではない。
だが、一人きりで部屋にいて何もしていないと変なことばかり考えてしまう。
あいつがいれば、寝る間際までくだらない話を聞かされてそんな暇もなかっただろうに。
前田がここに来なくなった原因は疑う余地も無く俺だというのに虫のいい話だ。
いったいいつの間にあいつはこんなにも馴染んでいたのだろうか。
もう今日は寝てしまうかと重いため息を吐き出した、その時だった。

部屋の障子がとすとすと静かに叩かれた。
夜更けも近い時間になんなんだと眉間に皺を寄せて入れと一声かける。だが、相手は無言のまま動く様子がない。
殺気はないのでまさかとは思うが万が一に備えて刀に手を触れようとしたのと、甲高い獣の鳴き声が微かに聞こえたのはほぼ同時だった。
聞き覚えのあるそれは、間違いなくあいつの連れていた小猿のもので。
気付いた瞬間、俺は立ち上がって障子を開け放っていた。

「わ!」

思っていたとおり、そこには前田の風来坊が間抜け面で座っていた。何故か身構えている姿は四ヶ月前と少しも変わるところがない。
ぽかんと口を開けて俺を見上げている顔になんとなく毒気を抜かれて、俺は何も言えずに部屋に戻った。
前田は廊下に座ったまま動こうとはせず、居心地悪そうに視線を泳がせる。

「あの、今日はさ、小十郎さんに言いたいことがあって」
「…なんだ」

揺れていた瞳が、俺を映す。あの日と同じ強いまなざしの琥珀色。
嗚呼、こいつは腹を括ってきたんだな、となんとなく思った。

「この間のあれ、俺、本気だから」
「あれ?」
「好きだって言ったの」

今更なにを言ってんだこいつは。
そんなのあの時からちゃんと理解している。その上での、あの対応だ。
そう思いながら、分かっているとだけ答える。
前田は少し驚いたように目を丸くして、ついで僅かに頬を緩めた。
「小十郎さんのそういうところ、好きだ。あ、そういうところも、だな」
「なに言ってんだ」
「冗談じゃないよ。これも本気」

それも目を見てりゃ分かると今度は口に出さずに思うだけにする。

「なんかいっつも腹括ってる感じがするんだよね、小十郎さんは。多分政宗がいるからだと思うんだけど。そのせいなのかな、小十郎さんはどんな事にも真剣で。俺みたいなちゃらんぽらんでもきちんと向き合って相手してくれるだろう?それって結構すごいことだと思うんだ。博愛主義なわけじゃないし、同情心持ってるわけでもない。ただ、小十郎さんはそこにどっしり腰下ろしてて、なんでもかんでも受け入れてくれたりとか拒否するわけじゃない、でもちゃんと話を聞いてくれる。そういうところが、俺はすごく好きなんだ。政宗をなにより大事にしてるところも、怒ると鬼みたく怖いところも、土いじりするときだけ見せる優しい顔も、全部大好き。本当に、本当に小十郎さんが好きだよ」
「……」
「だから、許してほしい。好きになってほしいなんて、わがまま言わない。せめて、俺がこの気持ちを大事にすることは許してほしい。出てけって言うならすぐにいなくなるよ。ただ、俺が小十郎さんを好きでいることは、否定しないで欲しいんだ。ようやく持てた、大事な気持ちだから」

切々と語る前田の言葉に迷いはない。
あの追い出された日からずっとこれを考えていたのだろうか。
それを想像すると、名前をつけることがはばかられるような思いが胸の内に湧いてきて、俺はごまかすように渋面を作った。
前田は俺を買いかぶり過ぎなのだ。本当の俺は自分の気持ちにも向き合えない腰抜けにすぎないのに。

「馬鹿野郎だ、お前は」
「お、俺は真剣だ!」
「分かってるよ」
「え…」
「出て行けとは言ったが、来るなとは、行ってないだろ」
「へ…あ、それって…」

我ながらなんて詭弁だと思うのに、前田は嬉しそうに顔を輝かせた。
やっぱりお前は馬鹿だ。
だが、そんな前田を見て何故か安心している俺は、誰よりも大馬鹿野郎なんだろう。
さっきから胸にあるこの気持ちは、近い内に告げることになるかもしれない。ふやけたような前田の笑顔に、そう思った。


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title by ニルバーナ



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