問7,すべてに終わりがあるのは何故か?


激しい剣戟の音が清々しい青空に響き渡る。
まるで楽でも奏でているかのようにはずんだ拍子を刻むそれを楽しみながら、慶次は小高い丘の天辺に立って目を細めた。


「おーやってるやってる」


音が鳴るたびに、蒼と紅の塊が離れては寄り離れては寄りを繰り返す。
少しばかり距離が開いていたが、蒼と紅―伊達政宗と真田幸村がそれはそれは楽しそうに喧嘩しているのが慶次にも分かって、自然と頬が緩む。


「お、慶次じゃないか」
「ん?」


後ろからかけられた聞き覚えのある声に振り返った慶次は、そこに立っていた馴染みの姿にぱっと顔を輝かせた。


「家康!久しぶりだな!」
「どこかの風来坊がなかなか城に顔を出してくれないからな」
「えー誰のことかなー」


あからさまに視線をそらしてうそぶく慶次に、家康は気にした様子もなく朗らかな笑い声を上げる。


「まぁ元気そうな顔が見れてなによりだ。なあ、三成」
「えっ、三成?」


家康が体をずらしたことで、その少し後ろでしかめ面を浮かべていた三成の姿が慶次の目に入った。
三成が自発的にこんな所に来るなんて思えないから、大方、家康に無理やり連れてこられたのだろう。
不機嫌そうに見えながらもきちんとついて来るあたり、相変わらず仲は良いらしい。


「二人もあいつらの喧嘩を見に来たのか?」
「まぁな。随分と話題になっているだろう?」


家康の言葉に慶次は苦笑まじりに丘のふもとへと目をやった。
政宗と幸村の喧嘩の余波を受けないぎりぎりの位置。
竜の右目と武田の忍が紐を張って見張る後ろに、多くの人間が陣取っていた。
その顔ぶれは伊達軍と武田軍の血気盛んな部下達に加え、近隣の住民や噂を聞きつけてはるばる見物にきた酔狂な人間まで様々。
まるで花見でもしているかのように酒や馳走を並べて蒼紅の喧嘩を肴にはしゃぐ姿に、三成は眉間に皺を刻んだ。


「毎回派手にやってるから、色んなとこで話題になってるみたいなんだよな。なんていうか、一種の風物詩みたいな感じ?」
「確かにあの二人の手合わせならば見応えがあるだろう」
「そうそう、見てて楽しいんだ!でも今日はもうすぐ終わるかも」


その言葉をきっかけにしたように、風に乗って聞こえてくる鋼の音は段々と激しさを増していく。慶次の言った通り、二人の喧嘩は終結を迎えようとしているのだろう。
来たばっかなのにな、と残念そうに呟く慶次の横顔にちらと視線をやった家康は、次の瞬間はっと息を呑んだ。

政宗と幸村を見つめる慶次の眼差しは、まるで春の日差しのようだった。
優しさや慈しみや愛しさや思いやりや、この世の善いものをとにかくすべて混ぜ込んだような、暖かくて柔らかで、どこまでも綺麗なそれに目を奪われる。


「なんかさ、安心するんだよね」
「安、心?」


ぎこちなく答えてしまった家康には気づかないで、慶次はひたと蒼紅に視線をやったままぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「あの二人見てると、変わらないものはちゃんとあるんだって安心する。なにがあっても無くならないものだってあるんだって」


慶次の言葉に、家康は視線の意味を悟った。
つい何でもないような素振りに忘れてしまうけれど、慶次だってあの戦いの中で多くの大切なものを失ったのだ。
それらは決して、二度と彼の手に戻ることはない。


「だが奴等とて、未来永劫あのままとはいかないだろう」
「三成…」


気遣いなどかけらもない友の言葉に家康は咎めるように声をかけるが、三成は鋭い視線で家康を一睨みしただけで再び慶次に向かって口を開いた。


「変わらぬもの等、この世にありはしない。伊達政宗と真田幸村も、いずれ違う道を選ぶ。それも遠い先のことではあるまい」
「うん…そうだ、な」
「三成、あまり言ってやるな。慶次だって十分に分かっている」


それでも、慶次はあの二人の姿に見出したいのだ。自分では手に入れることのできなかった未来を。
自分勝手な押し付けだとしても、二人の行く先が違わぬように願わざるをえないのだ。
そんな慶次の心中を慮って庇うように足を踏み出した家康と、顔を曇らせる慶次に、三成はますます訝しげに眉を寄せた。


「分からんな。其れを理解しているのならば、なにを嘆く必要がある。変わり行き終わりを迎えねば、新たな始まりはないと私に教えたのは貴様達ではないか」
「…!」


驚きに目を丸くしながら、慶次は三成を見つめ返した。
対する三成は不可解とでも言いたそうに睨みつけてくる。
しばらくそれを眺めていた慶次は、同じように驚いていた家康と視線がぶつかって、思わずふはっと笑い声を上げた。


「はははっ。三成に説教されちゃった」
「したつもりはない」
「だがとても善いことを言ったぞ、三成」
「そんなつもりもない」
「いや、儂は感動したっ」
「勝手にしろ」


不服そうに淡々と言い放つ三成と、そんな彼に絡む家康のやりとりに、慶次の笑いは止まるところを知らなかった。
無くした絆があるから、いまここに新たな絆がある。終わりが訪れたとして、それまであったものが何もかも消え去るわけではない。
そんな簡単なことを、どうして忘れてしまっていたのだろうか。

笑い声に混じって聞こえる鋼の音は、先ほどまでとは違った響きで慶次の耳に届いた。





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