フレンは諦めることが上手な人間だ。 それはユーリも似たようなもので、生まれ育った環境がそうさせたのだろうと思う。 心優しい人が多いけれど貧しいという現実はどうしようもない下町の中で、子ども二人が肩を寄せ合って生きるにはそう割り切るしかなかった。何かに執着することで命を落とすなんて、本末転倒もいいところだ。 幼心に、ユーリとフレンはきちんと理解していた。 それでも変に性格が曲がったりせずに人並み以上の正義感を持って成長できたのは、ひとえに人情深い下町の人たちの教育の賜物である。 なんの心配もなく平穏無事に一日を終えることのできる人間とは少しばかり価値観に違いがでてしまったけれど、育った環境が同じでも重きを置く部分が変わることは当たり前だし、違いがあるといっても、その差は軽く目を瞑ってしまえる程度のものだ。 諦めることが上手というだけで、フレンは執着心がないとかいうわけではない。 大切なものはいくらか持っているだろうし、大事に思う人がいることはユーリも知っている。大事な人の中での一番が自分であることは、フレン以上によく理解しているつもりだ。 それでもフレンは、自分の力の及ぶ範囲内では手をつくそうとするけれど、どうしようもないと悟ると驚くほどにあっさりと諦めることができてしまう。 ユーリが騎士団を辞めると告げたときも、フレンは悲しそうな表情を浮かべて見せたけれど、多くは語らずに受け入れた。それまでのユーリの心境の変化を一番近くで見ていたから、何を言っても決意が翻らないと分かっていたからだ。 アレクセイが騎士団を、ひいてはフレンを裏切り帝国に牙を剥いたときも、どうしようもないと割り切って自分の正義を貫いた。薄情なわけではない。フレンは、そういう風に生きてきたのだ。誰よりも近くで見てきたから、ユーリはよく知っていた。 だから、ザウデ不落宮から海に落ちて、暫くぶりに再会したときのフレンの様子に、ユーリはひどく狼狽したのだ。 「ユーリ…」 魔物の群れを倒し、これからの世界についての会談を行うためにそれぞれに別れようとしたユーリをソディアが呼び止めたその後。先に行かせた仲間を追うために上げかけたユーリの足は、掠れた声で名前を呼ぶフレンの声に、その場に縫い付けられたように動けなくなってしまった。 ほんのついさっきまで、フレンの様子は普段と変わるところはなかったはずだ。 背中をあずけて魔物を倒し、君は君のままだね、と柔らかく微笑んだフレンは、ユーリのよく知る彼のままだった。 それが、今はどうだ。 見たことのないくらいくしゃくしゃな顔でユーリにすがりついてきながら、フレンは声を殺して静かに涙を流していた。 下町にいたときにも見たことがないほどの弱々しい姿に、ユーリはなんの言葉をかけることもできなかった。幸い僅かな時間でフレンは体を離して、それ以上おかしな態度をとることもなく、少し赤く染まった目元を押さえながら、またね、とだけ言って背を向けて行ってしまった。 けれど、そのフレンの涙は、ユーリの胸の深いところに楔を打ち込んでいったのだ。 その楔は今もユーリの胸の中に確かにある。あれから時折見せるようになったユーリの知らないフレンの姿を見るたびに、傷口はじくじくと痛みを訴える。 フレンが旅に合流した今も、ユーリは傷の癒し方を見つけられずにいた。 ◇ ◇ ◇ 「あんまり良くないぜ、ユーリ」 いつになく真剣なレイヴンの声に、寝床に向かおうとしていたユーリは苦い顔で振り返った。 倒木に腰掛けて焚き火の前に陣取ったレイヴンは揺れる炎をじっと見つめていて、ユーリはその横顔を伺うことしかできない。それなのに、レイヴンが自分と彼のことを本気で案じてくれているのだと分かってしまう。 何の話だよと惚けて背中を向けても良かったし、現にレイヴンの顔を見るまではそのつもりだったけれど、そんなものを見せられてもとぼけられるほど、ユーリはまだ大人に成り切れてはいなかった。 ため息をひとつ落としてから、見張りの交代にレイヴンがくるまで腰掛けていた場所に戻ったユーリは、その場に無造作に胡坐をかいた。 「知らんぷりされるかと思ったわ」 「…そこまで薄情じゃねぇよ」 「もしくは気づいちゃいないかと」 「さすがにそれはないだろ」 他の誰でもない、自分のことだ。そして、フレンのことでもある。いくらなんでも気付かないはずがない。 「いやいや、青年の性格ならとっくにフレンちゃんに物申してるかなってさ」 「………」 確かにレイヴンの言うとおりであったので、ユーリは返す言葉がなかった。 いつものユーリならば、気付いた瞬間にフレンに詰め寄っているだろう。そしてなんといわれようとも止めさせるはずだ。それほど、フレンの行動はユーリの頭にくるものであった。 それでも、今回のは駄目だ。 「何回かは、一応言ってはいるんだけどな」 「それでも聞かないんだ」 「あいつ頑固だから」 「そいで、青年もそれ以上は言わないんだ」 「…原因は、俺にあるって分かってるから、な」 正直に言って、最初は気のせいかと思ったのだ。 オルニオンで剣を交わしたことで、ユーリはフレンとようやく向き合えたのだと思えた。 それまでのすれ違っていた気持ちを剣に込めて、全てをフレンにぶつけたのだから。 そしてそれは、フレンだって同じはずだった。二人で地面に倒れこんで夕焼け空を見上げていたときのフレンは、なんの屈託も感じさせずに笑っていたから、ユーリはそう思っていた。だから、胸の中にある傷だって、このまま人知れず消えていくのだろうと楽観的に考えていた。 それなのに、ソディアとウィチルの後押しを受けて旅に本格的に合流してからのフレンは、ユーリを庇うように戦うのだった。 前衛で戦うものの務めは、自分の身を守る力の弱い後衛の人間が安心して戦えるように、目の前の敵と全力で戦うことだ。 だからユーリやフレン、ジュディスにカロルにパティは、リタとエステルとレイヴンの詠唱を邪魔させないことを第一に考えて動く。ただ前衛のメンバーの中でも、カロルやパティはまだ非力なところがあるのでサポートしなければならないこともある。 反対に、ユーリとジュディスは戦闘バカと言われるほどだ。戦況を正確に判断して動くことができる。そして騎士団に身を置くフレンだって同じだ。 だからフレンは良く分かっているはずなのだ。よっぽどの状況に陥らなければ、ユーリは誰かの助けを必要としないことを。 分かっているのに、フレンはユーリを庇う。もちろん優先順位は後衛のメンバーで、次に幼少の前衛、最後にユーリとしてはいるようだが、そもそもユーリを庇護の対象にいれるのはおかしいのだ。 ユーリの実力は、フレンが誰よりも理解しているはずなのだし。 だからユーリは、フレンの行動に違和感を感じたときに、気のせいだと思った。まさかフレンが自分を庇うなんてこと、あるはずがない。そう思った。 でも、気のせいなんかでは無かった。それからの戦闘で、どれほど相手が格下でも、フレンはユーリを気にしながら戦う。 例えば自分が怪我をしていてサポートを必要としなければならないのなら、ユーリはフレンの行動に口を出さない。でも、ソディアに刺された腹の傷もとうの昔に癒えているし、ユーリとフレンの実力は拮抗しているのだ。ユーリがフレンに庇われるいわれはない。 違和感が確信になった日の夜、ユーリはフレンを厳しい口調で問いただした。 どうして庇ったりするのだ、そんなもの必要ない、理由があるなら言え、と。 フレンは、責めるユーリに反論もなにもしなかった。けれど、もう二度とあんな事をするなと怒るユーリに、首を縦に振ることも決してなかった。ただ真っ直ぐに、揺れる瞳でユーリを見つめていただけだ。その瞳が、あの夜の涙を流したものと、同じ色を宿していたから。 フレンの行動の原因は、あの夜の一幕にあるのだろうとユーリは理解せざるを得なかった。その途端、静かにしていた胸の傷が急に騒ぎ出して、ユーリはそれ以上フレンを咎められなくなってしまったのだ。 「あんまおっさんが首を突っ込んでいい話じゃないってのは分かるんだけどさ」 「…」 「ありゃ駄目だ。今までああいう戦い方をする奴を何人も見てきた」 「ああ、分かってる」 ユーリだって知っている。自分の許容範囲を超えた部分までカバーしようとした人間の末路は、騎士団にいたころに何人か見たことがある。 苦いため息が、ユーリの口からこぼれ出る。その重さを悟ったらしいレイヴンは、困ったように眉を下げた。 「ま、ユーリが分かってるならいいんだ」 「…わりぃな、気をつかわせちまって」 「年長者の務めってやつっしょ」 おどけた風に言って問題を軽く思わせようとしてくれているのだと分かったユーリは、レイヴンの気遣いに小さく口元を緩める。 普段はおちゃらけていてそう感じさせようとはしないけれど、パーティの中で誰よりも年を重ね、多くの経験をしてきたレイヴンだ。こういう気の回し方は自然で、だから安心できた。 「ま、片がつくまではフォローに回れるようにしとくわ」 「ありがとな、おっさん」 「やだ、素直な青年なんてちょっと気持ち悪いじゃない」 「うっせ」 これで話は終わりだとでもいうように、レイヴンはじゃあおやすみーと言ってひらひらと手を振る。立ち上がったユーリは、今度こそ今日の寝床へと足を進めた。 ◇ ◇ ◇ 「…ユーリ?」 「…わりいな、起こしちまったか」 音を立てずにやって来たつもりだったのに、腰を下ろしたと同時に名前を呼ばれて、ユーリは隣で横になっているフレンを見下ろした。フレンはユーリの言葉にふるりと首を振る。 「なんだか、寝付けなくて」 「そう、か」 「…近くに、行ってもいいかい?」 いっそ断ってしまおうか、とユーリはふと思う。 けれど見上げてくるフレンの瞳が、じわじわとユーリの傷を抉る。闇にまぎれて見えないといいと思いながら小さく唇を噛んで、ユーリはフレンのすぐ近くに体を倒した。 「胸、借してくれ」 言うと同時に、フレンはユーリの胸に静かに抱きついた。少し肌寒い夜に人の体温は心地よい。 だが、ユーリの心は先ほどのレイヴンとの会話を思い出して冷え冷えとしていた。 「なぁ、フレン…」 ぎゅ、とユーリの服を掴むフレンの拳に力がこもる。 まるでユーリが何を話そうか分かっているような反応だ。いや、フレンは分かっているのだ。 だから、耳はふさがないけれど、話を聞きたくないと言わんばかりに体を小さくするのだ。 「お前だって、分かってるだろ?今のお前の戦い方は…」 「ごめん」 「…」 「本当に、ごめん」 有無を言わさぬ、強い声に、ユーリはそれ以上言葉を重ねられなかった。どうしようもなく、胸の傷が痛んで仕方ない。こらえきれない苦い息が、かみ締めた唇の間から夜の闇にとけた。 そして、もっときつくフレンを諌めれば良かったとユーリが後悔する日は、驚くほどあっさりとやって来てしまった。それも、最悪な形で。 ◇ ◇ ◇ 別にその日のモンスターが特別強かったわけではない。数は多少いつもより多かったかもしれないが、それだって冷静に対処できていれば何の問題もなく終わったはずだ。 ただ、地面のコンディションが悪かった。大雨ではないが数日降り続いた雨に、砂の大地はぬかるみに姿を変えていたのだ。 剣をふるうにも敵の攻撃を受け止めるにも、足場は重要である。 ぬかるむ地面では思うように力を込められず、前衛のメンバーは手こずりながら敵と相対していた。 一番にもたついたのは大きな武器を振り回すカロルだ。ただでさえ体と不釣合いな武器を振るうのだけでいっぱいいっぱいになってしまうのに、ぬかるみは容赦なく少年の足元をおぼつかなくさせた。 「ふあっ!?」 よろけたのは一瞬。けれど、命を狙いにきているモンスターを目の前にしては、致命的な一瞬だった。 「カロルっ!」 こんなこともあるのではないかとカロルの傍を付かず離れず戦っていたユーリは、すぐにフォローに入った。 今まさにカロルを切り裂かんとしていた大きな爪を受け止めてはじくと、返す剣でがらあきになった胴に刃を叩き込む。 「あ、ありがと、ユーリ」 「少年!後ろから来てるよ!」 「え、」 レイヴンの声にカロルが振り返るが、どうしようもないほどに遅かった。カロルは武器を振り上げるのに、皆よりも時間がかかる。舌打ちをもらしたユーリは、カロルの小さな体を引っ張って自分の体の後ろに隠した。剣をかまえるには少し時間が足りない。 ユーリは多少の痛みを覚悟して、それでもモンスターから目を離さなかった。 だから、はっきりと見てしまった。 「ユーリ!!」 鮮血が、ユーリの視界を奪う。 ユーリとモンスターの間の僅かな隙間に、フレンの体があった。容赦の無い爪に襲われたフレンは、風に舞う木の葉のように宙を待ってぬかるみに着地した。 「フレン!」 「アリーヴェデルチ!」 「スパイラルフレアぁ!」 エステリーゼの悲鳴と共に、レイヴンとリタの魔術がモンスターに叩き込まれた。その間に足をもつれさせながら慌ててフレンに近づいたエステリーゼは、傷口に手をあてて回復の呪文を唱え始める。 爪が頭に当たったのか、フレンは金の髪を血の赤に染めていた。どくどくと流れ出るそれに、ユーリは動くことも、言葉を発することもできない。 気付いたときには、ジュディスとパティとレイヴンとリタの手で、モンスターは全て倒されていた。 ◇ ◇ ◇ 「う…」 金色のまつげがふるりと揺れる。気付いたユーリははっと息をのんだ。ゆっくりと瞼が上がって、現状を確かめるように紺碧が部屋の中を見渡した。ユーリの姿を視界にいれたところでそれは止まって、ぱちりと一度瞬かれた。 「ユーリ…?」 「傷は、痛まないか?」 「きず…そうか、僕は…」 なにが起こったのか思い出して、現状を把握できたらしいフレンは申し訳なさそうに視線を落とした。 「ごめん、ユーリ…」 「なにに、対しての謝罪だ?」 「……」 こんな状態になっても尚口をつぐむフレンに、ユーリの怒りは爆発した。 「お前、分かってただろ」 「え…」 「あの時、俺のことを庇わずに、お前があのモンスターに止めをさしていれば良かったって、分かってただろう。俺だって怪我したかもしれないけど、ここまで重傷にはならなかった!本当はそうすべきだった!分かってるだろ!」 「……」 「なんとか言えフレンっ!」 「ごめん…」 謝るだけのフレンは、また同じことを繰り返すだろうとユーリには容易に想像できた。そしていつか、今日のように怪我を負うのだろう。 今回は直ぐ近くに回復できるエステリーゼがいたけれど、いつもいつもそうなわけではない。今日だって、もしエステリーゼがなにかで傍にいなかったのならば。 考えるだけでユーリの指先は震える。だから、ユーリは冷たい声でフレンに告げた。 「これ以上あんな態度とるっていうんなら、お前は旅から抜けろ」 「ユーリっ!」 「あれじゃ足手まといだ。他のみんなにも迷惑がかかる。カロルが自分のせいだって、どれだけショック受けてんのか分かるか?」 「それは…本当に、すまないと、思うけど」 「じゃあもう俺を庇うな!いい加減にしろ!」 大きなユーリの声が部屋の中にわんと響く。それでも仲間が誰も入ってこないのは、レイヴンあたりが宥めてくれているのだろう。申し訳ないと思いながらも、ユーリはここで引く気はなかった。 多分ここで決着をつけなければ、もう二度とその機会は回ってこないのだと、本能的に悟っていた。 フレンはユーリの言葉にうつむいたまま、きつくシーツを握っている。その指先が血の気を失って白いことと、自分と同じように小さく震えていることに、ユーリはふと気付いた。 「…ザウデで、君が海に落ちたあと、見つからなくて絶望したよ」 「…」 「君がいないなんて信じられなくて、必死に探した。でも見つけられなかった。怖かった。これからどうやって生きていけばいいのか、分からなくなるぐらいに怖かった」 「フレン…」 「見つかるまで探したかった。海の底にだってもぐりたかった。でも、僕は騎士だ。許されなかった。だから、僕は命じたよ。君の、捜索を打ち切れと、君を見捨てろと、みんなに言ったんだ!」 フレンの言葉は、まるでユーリに叩きつけられるようだった。当時のことを、ユーリはまるで知らない。そんな決断をフレンにさせたことも、なにも知らなかった。 「君が騎士団を辞めたって、近くにいてくれるのは分かってたから良かった!同じ空気を吸って、僕を見守っていてくれるって分かってたから!でも、いなくなるのは駄目だっ!」 がばりとフレンは体を起こしたけれど、病み上がりの体がすぐに傾ぐ。咄嗟に手をだしたユーリの体にフレンはもたれかかる。その手のひらは、逃がさないようにユーリの腕をきつく掴んだ。 「目の前で、ユーリが戦っているのを見ると、あの日を思い出すんだ。またいなくなったらどうしようって、そう思うと体が勝手に動いてしまう。こんなの、君にひどいし、駄目だって、分かってる。でも、どうしようもない…」 「…フレン」 ユーリの手が、そっとフレンの頭を撫でた。顔を上げたフレンの瞳から、自然と溢れていた涙が頬をつたって落ちていく。ユーリはフレンを抱く腕に力を込めた。 そこで、フレンは気付く。ユーリの体が、微かに震えていることに。 「お前に、そんな思いさせて悪かった。気付かなくて、ごめん」 「ユーリ…」 「でもな、今回のお前の行動だって、俺にとっては同じことなんだよ」 「…」 「お前がこのまま目を覚まさなかったら、どうしようって。俺のせいで、お前にとりかえしのつかないことがあったら、どうしようって、目が覚めるまでずっと、俺は、怖かった」 ひゅ、と音を立ててフレンが息を飲んだ。次の瞬間、それまで流れていた涙の倍ぐらいに、フレンの瞳から涙が溢れてくる。 自分も一度体験した思いだ。どれほど怖いものなのか、誰よりも知っている。 「ごめ…ごめん、ユーリ。ぼく、」 「…いい。分かってくれるなら、いい」 「っ…!」 とうとう声を上げて泣き出したフレンの頭を、ユーリは静かに撫で続けた。フレンの涙が、ユーリの胸の辺りをぬらす。そのしずくが、多分、胸の傷を癒してくれるのだろうなと、そんなことを思った。 「じゃあ、もう俺のこと庇うなよ」 「それは無理だ」 「は?」 体中の水分を涙にしたんじゃないかというぐらいに泣いたフレンが目元を真っ赤にしながらもそんな事を言うものだから、ユーリは目を丸くするしかない。 「お前、俺の話聞いてたか?」 「うん。それでも、もう体は勝手に動いちゃうんだ。仕方ないだろう」 まったく仕方なくない。けれどフレンが頑固なのも知っているし、フレンがどれだけの思いをしたのか身をもって体験してしまったから、ユーリはまたフレンを咎められない。ならばどうするか。一瞬考えて、答えはすぐにでた。 「じゃあ、俺はフレンを庇うか」 「えっ」 「それでおあいこだ。いいな、文句言うなよ」 「…っ!僕は君に庇われるようなことはしないよ!」 「俺だってもうしねえよ」 まだなにか言いたげなフレンの頭を、ユーリは胸に抱えて封じてしまった。お互い様なのだから、これ以上なにか言われる筋合いはない。 ただ、ユーリは胸の中で静かに誓う。もう二度と、フレンにも自分にもこんな思いをさせるものかと、きつくきつく、誓うのだった。 |