「慶次さん、おっかえりー!」

はちきれんばかりの笑顔で手を振りながら出迎えてくれた左近の姿に、ほろ酔い気分で今宵の宿に帰り着いた慶次は、ぱちぱちと瞬きながら首を傾げた。

「えっと…ただいま?」
「うす!あんまり遅いから今日はもう帰らないのかと思いましたよ」
「あー、ちょっと酒場で盛り上がっちゃって…ご、ごめんな?」
「いやいや全然気にしてないっス!」

言葉通り意に介した様子もなくにこにこと笑う左近につられるように、慶次の頬もへらりと緩む。
が、部屋のど真ん中に陣取った左近がまだ呑めますかなんて聞きながら徳利と盃を準備しはじめたのを見てはっと我に返った。
返りはしたが、未だに酒の残る頭の中は混乱したままだ。
酔いのせいか戸惑いのせいか、もつれかける舌を懸命に動かして口を開く。

「え、ちょっと待って。あれ、左近?だよな?」
「そうっスよ、清興改め島左近っス!こんないい男、俺以外にも知ってるっていうんですか?」

おどけたように片目をつぶりながら首を傾げる左近はどこからどうみても慶次のよく知る島左近に変わりない。
ようやく事態が飲み込めた慶次は、酔いもなにも頭から追い出して、みるみる顔を輝かせた。

「えー!なんで左近!?うっわびっくりした!めちゃくちゃ久しぶりじゃん!」
「えへへー。ですよね、久しぶりっスよね!会えてうれしいっス慶次さん!」

喜びを全面に表した慶次が畳に膝をついて身体を寄せれば、左近は少し照れたようにしながらも笑いを返してくれる。
久方ぶりに見る左近の笑顔に、慶次はほっこりと気持ちが和んでゆくのを感じていた。

当主である利家やまつがああいう性分のせいなのか、前田家の人間は自分の感情に素直な者が多い。
そんな中で育った慶次も同じく、嬉しければ笑い、悲しければ泣き、腹がたった時には怒ってきた。
武家に生きる男としてそれはどうだろうかと旧友に言われたこともあるけれど、腹芸なんて自分には縁のないものだと慶次は思っている。
それゆえ、同じように明朗快活な左近のことは、なんの連絡もない突然の来訪を咎める気にはならないぐらい気に入っていた。
むしろ左近と顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだったから、先ほどまで驚きばかりだった慶次の頭の中は喜びでいっぱいになる。

「俺もだって!ほんとびっくり!てかなんでここにいるんだよ!」
「いや、慶次さんいないかなーって顔出した賭場でですね、隣に座ってたのがここの旦那だったんすよ。ほら前に、女将との夫婦喧嘩を俺と慶次さんで仲裁したじゃないっスか」
「あー、そんなこともあったなぁ」

この宿を切り盛りする若夫婦は周りが呆れるほどに仲むつまじい二人なのだが、過去に一度だけそれはもう盛大な喧嘩をしたことがあった。
同時期に二人ともこそこそと怪しい動きをし、お互いに浮気でもしてるんじゃあないかと疑いあったが、何のことはない、それぞれ記念日に向けて隠れて準備をしていたというだけの話だった。
だが、それがどこで拗れたのか、往来でやんやと別れ話をするまでの騒動に発展してしまったのだ。
そんな修羅場に、連れ立って茶屋に向かう途中だった慶次と左近がたまたま遭遇したのだった。
世話焼きで女の涙を見過ごせない二人が素通りできるはずもなく、興奮する夫婦を宥めすかして話を聞いて慰めて、なんとかかんとか元の鞘に納めたのだ。
それ以来、若夫婦は慶次と左近にいたく感謝していて、宿に格安で泊めてくれたりと気を配ってくれていた。

「そしたら今うちに慶次さん泊まってるよって教えてくれて。これはもう慶次さんに会えってことなんだと解釈して乗り込んで来ちゃいました!」

得意げに笑う左近を見ているだけで、慶次もなんだか嬉しくなってくるから不思議だ。
酒場で持たされた寿司折を左近の用意してくれた肴の横に並べる慶次の表情は緩みっぱなしだった。

「にしても、ほんと久しぶりだよな」

賭事という共通の趣味をもち流行にも聡く話題の豊富な左近との酒席を慶次はとても気に入っていて、それは左近も同様だった。
だから京を訪れたときはお互いにそれとなく相手を探し、顔を合わせれば茶屋だ酒場だと足を運んでは世間話に花を咲かせていた。
それがここ最近はぱったりと止んでいたのだ。

「俺が大坂に行ってからは、全然でしたもんね」

盃をもてあそぶ左近の口から何の気なしにこぼされた言葉に、慶次の胸の奥はさっと冷たくなった。
驚きに抜けたかと思っていたけれど、まだ酔いは残っていたらしい。そんな大事なことを忘れてしまっていたなんて。

「慶次さん?」

急に黙り込んでしまった慶次に、左近は不思議そうに首を傾げる。
少しばかりつり目がちな瞳も、何かしら手遊びしたがる仕草も、素直な性格も慶次のよく知る彼のままだ。
けれど、彼は清興ではない。左腕に近い者と名を改めて、生き方すらも変えたのだから。

「…左近、いいのか?ここにいて」
「今日はこのまま夜を明かすつもりで宿はとってないんスけど…あ、もしかしてお邪魔っスか!?」
「そうじゃなくて…その、俺と会うの、嫌がる奴がいるんじゃないかと思って」

きょとんと眼を瞬かせてしばらく考え込んでから、左近はああと声を上げて両手を打った。

「半兵衛様、めっちゃ慶次さんのこと嫌いっスもんね!」

分かっていることとはいえ、明るく言い切られると流石に胸に刺さる。
追い討ちのように「そのせいで三成様も慶次さんの名前聞くだけで機嫌悪くなるんすよ〜」なんて言われてしまっては目も当てられない。
それでも、左近の言うことに間違いはないのだ。
彼が惚れ込んだ石田三成という男は、慶次の旧友である豊臣秀吉と竹中半兵衛の二人に心酔していた。
彼らにとって過去の残滓でしかない慶次の存在は、目障りで鬱陶しいものだ。
軍に加わる前からの仲とはいえ、そんな慶次と親しくするのは決して喜ばれることではないだろう。

「なんですか慶次さん、そんな暗い顔しちゃって」
「え…」
「そりゃ確かに半兵衛様や三成様は慶次さんを嫌いですけど、それって全然、俺が慶次さんと酒飲むのとは関係なくないっスか?」

あっけらかんと言い放たれた言葉に、慶次はぽかんと左近を見つめる。
そっと伸ばした手で慶次の膝をなだめるように優しく叩く左近は穏やかに微笑んでいた。

「俺は慶次さんと飲む酒、好きです。っていうか、慶次さんのことが大好きです。いくら上司が嫌いって言っても、俺が慶次さんと会うのは邪魔できないし、させないっス!」

左近がこんなことで嘘をつくはずがないと、慶次はよく知っている。だから左近の言葉はぜんぶぜんぶ真実なのだ。
生き方が変わったとしても、やっぱり左近は全然変わっていない。
なぜだか無性に泣きたいぐらいに嬉しい気持ちが溢れてくる。
でも久しぶりの再会なのだから、涙よりも笑顔の自分を見てほしい。
ぐっと堪えて左近に向き直った慶次は、えへへと不恰好な笑みを浮かべた。

「俺も、左近と飲む酒、大好きだよ」
「酒だけですか?」
「もちろん左近のこともだって!」
「マジっすか!?」
「もちろん!大事な友達だもんな!」
「あー…まぁ、ですよねー」

少しばかり微妙な顔で頷く左近の姿に慶次はきょとんと目を丸くするが、問いかける前に酒の注がれた盃を差し出される。
今日はいっぱい飲みましょうね、と笑う左近からそれを受け取った慶次は大きく頷いて応える。
二つの盃のぶつかる鈍い音が、静かな夜の部屋に小さく響いて消えていった。


happiness on my palm(手のひらの倖せ)


title by 瑠璃



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